米大統領就任式と首相演説の驚くべき落差 副大統領ハリスを生んだものはなにか

By 江刺昭子

就任式後、米連邦議会議事堂の階段を下りるバイデン新大統領夫妻(左)とハリス新副大統領夫妻(ロイター=共同)

 1月18日、原稿に目を落としながら所信表明演説をするわが首相の姿を見て、昼間なのに居眠りしそうになった。言葉にも表情にも人をひきつける魅力がない。3日後の21日、第46代アメリカ大統領の就任式を生中継で見て、未明だったが眠気が吹き飛んだ。(女性史研究者=江刺昭子)

 「民主主義」という言葉が何十回繰り返されたことか。

 「民主主義は壊れやすい。そして今この時には、民主主義が勝った」というバイデン氏の演説。司会者や祝福する人たちも、口々に民主主義の意味を語った。いわく「民主主義は不可欠のもの」、「民主主義は完璧ではない。よりよくすることが必要だ」。

 こんな言葉を日本の政治家の口から聞くことはほとんどない。観客のいない異例の就任式だったが、レディー・ガガの国歌斉唱といい、異国のテレビ観客として、米国の誇りを十分に堪能させてもらった。

大統領就任式で国歌を歌うレディー・ガガさん(ロイター=共同)

 感動的だったのは、カマラ・ハリス副大統領が夫のダグ・エムホフ氏と腕を組んで階段を下りてきたシーン。合衆国の歴史でこれまでの副大統領は全て白人男性だった。女性で有色人種というのは誰もが初めて目にする光景だ。黒人デザイナーによるコートドレスに身を包み、にこやかに、しかし堂々と歩く姿には「わたしが歴史をつくる」という自信があふれている。

 ハリスは大統領に先立ち力強く宣誓した。「合衆国憲法を全ての敵から守ります…」

 右手を挙げ、左手を聖書においているのは、お決まりのスタイルだが、聖書を支えているのは夫のエムホフ氏。彼は副大統領をサポートしていくと宣言し、職場をワシントンに移した。日本では、夫の転勤に伴い職場を離れる妻が多いというのに。

就任式で宣誓するハリス米新副大統領。左手をのせた聖書を持つのは夫のエムホフ氏(ロイター=共同)

 ハリス氏は女性・アフリカ系・アジア系初の副大統領になった。バイデン氏に副大統領候補として指名されたときの演説で、アメリカにおける女性の権利・地位向上の歴史を振り返りながら、「彼女たちのおかげで、わたしは今ここにいる」と述べている。

 アメリカでも最初から、女性が男性と同じように政治に参加する権利を持っていたわけではない。1848年のセネカ・フォールズにおける女性の権利大会で初めて女性参政権が目標に掲げられたとされる。その後、参政権を求める運動体がいくつもでき、長い困難な闘いを経て、101年前の1920年、憲法修正第19条により参政権を獲得したのである。第1次世界大戦に女性たちが協力した見返りとされる。

 この参政権運動には、南部の奴隷を北部に逃がす組織「地下鉄道」で「車掌」として活動し、南北戦争中に北軍とともに行動したことで知られる元黒人奴隷のハリエット・タブマンも加わっている。2020年には黒人女性として初めて紙幣(20ドル札)に肖像が印刷されることが決まっていたが、トランプ政権が取り消してしまった。

奴隷解放運動の女性指導者ハリエット・タブマン(AP=共同)

 憲法上、女性参政権が認められても、南部諸州においては黒人の参政権がさまざまな理由を付けて制限された。また、黒人女性の権利については、白人女性たちの間で意見が分かれ、論争が繰り返された。全ての有色人種が、性別に関係なく参政権を獲得したのは、公民権運動によって1965年、人種差別を禁じた投票権法が成立したときである。

 公民権運動がもたらした成果は大きく、オークランドの黒人の多い地域で育ったハリス氏も、この運動のおかげで白人の多い小学校に「バス通学」することができたと語っている。それが彼女のキャリア形成につながり、性別と人種の「複合差別」を突き破って今日の地位を得た。その彼女からの「わたしは初めてだが、最後ではない」(大統領選勝利演説)というメッセージは、アメリカの少女たちへの大きな励ましになっただろう。

 女性の進出はハリス氏だけではない。政権の重要ポストも女性が担う。国家情報長官、財務長官をはじめ閣僚級ポストに11人の女性が指名された。全員が議会で承認されると、史上最多となる。

 大統領選と同時に行われた連邦議会選挙でも女性が躍進して535人中、144人になり、上下院とも女性比率は4分の1を上回った。州ごとにいくつもの「女性初」が記録され、初の黒人(ミズーリ州)、初の韓国・アフリカ系(ワシントン州)、ニューメキシコ州では初めて下院の3議席全てを非白人の女性が占めた。

菅内閣発足後の記念写真。女性閣僚はわずかに2人=20年9月16日(代表撮影)

 翻って日本の政治の貧しさ、多様性のなさにがくぜんとする。本気だったかどうかは別として、安倍政権は曲がりなりにも「女性活躍」を掲げたが、路線を引き継いだはずの現政権にはその看板さえ見えない。

 2020年12月、2021~25年度の第5次男女共同参画基本計画が決まった。第4次基本計画では、政治家や管理職などの「指導的地位」に就く女性の割合を「2020年までに30%程度」としていたが、第5次は「20年代の可能な限り早期に」と先送りした。目標が達成できなかった原因の究明も、反省もない。上書きした文言は、目標達成の明確な年限さえ示していない。やる気がないのが見え見えでがっかりする。

 菅内閣における女性閣僚はわずか2人。「隗(かい)より始めよ」という言葉はご存じないらしい。国会議員に占める女性の割合は10%をわずかに超えるだけ。都道府県知事は47人中2人しかいない。

 最高裁判事は15人中2人で、これでは夫婦の姓や賃金格差に関わる訴訟で、公平な判断は期待できそうもない。首相の記者会見で質問するのもほとんど男性記者だ。日本のカマラ・ハリスが現れる日はいつになるのだろうか。

衆議院本会議でマスクを着けて施政方針演説する菅首相。目に力がない

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