アーロン氏の訃報にボンズ氏「永遠に恋しく思う」オバマ元大統領は「最強の人間の1人」

日米野球でホームラン競争に参加したハンク・アーロン氏(左)と王貞治(1974年11月2日)

アーロンさんの訃報を受け、バリー・ボンズ氏(56)が22日(日本時間23日)、自身のツイッターで心情をつづった。「ご家族の皆さんに心から温かみを込めて、お悔やみ申し上げます。幸運にも私が野球選手時代、度々ハンクと過ごす機会を頂き、彼が野球場内外で成してきたことを深く尊敬していました。彼は多くの人にとって(国の)象徴であり、レジェンドであり、真のヒーローであり、永遠に恋しく思うことでしょう。ハンク・アーロンへ、私たちに教えてくれたこと、逆境の中先駆者としてのちに続くアフリカ系米国人らの見本となってくれたこと、全てを感謝します。あなたのようなロールモデルに憧れて育ったことで、夢にも見なかった未来を迎えることができました。野球を愛する者全てがハンクの死を悼み悲しんでいることでしょう。彼が与えたインパクトは永遠の私の心に刻み込んで大切にします」

ボンズ氏はジャイアンツに所属した2007年8月4日のパドレス戦でアーロンさんの持つ755号のメジャー通算本塁打記録に並び、3日後の8月7日のナショナルズ戦で756号を放ってメジャー記録を塗り替えた。

また、アーロンさんと同じアフリカ系米国人として初の米国大統領となったバラク・オバマ氏(59)は「ハンク・アーロンは我々が見た中でも最高の野球選手の1人であり、私が知る中でも最強の人間の1人です。(妻の)ミシェルと私はハンクと奥様のビリーと過ごす度に彼らの優しさ、寛大さ、そして優雅さに感銘を受けると同時に彼らのような前世代の先駆者らの肩に乗せてもらっているのだと思い出させてもらいました」と声明。

ビル・クリントン元大統領(74)も「私の人生は彼の友情、優しさ、そして寛大さに恵まれました。最初に彼に会ったのは1992年の選挙運動中で、選挙日前の最後の週末にアトランタで私と一緒にイベントに登場してくれました。そこにはいたのは2万5000人。3日後、私は1万3000票差でジョージアを獲得しました。それからずっと彼は私のジョージア勝利の理由が彼であることを私に忘れさせませんでした。アトランタでの715本塁打の25周年ディナー、75歳、80歳の誕生日会など私は決して忘れません。(妻の)ヒラリーと私は(アーロン氏の妻)ビリーとご家族、そして彼の人生に触れた無数の人々に祈りを捧げます。ハンクアーロンの生涯はまさに本塁打でした」と追悼した。

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