アウディe-tron「静かで速い」だけじゃないピュアEVの新しい魅力とは?

昨年9月、日本に上陸してきたアウディのピュアEV「e-tronスポーツバック」。すでにメルセデスもBMWも、そして他の欧州車メーカーがピュアEVを投入している状況での初上陸でした。すでに“静かで速い”というイメージはピュアEVに共通する評価となっています。そこへアウディは、どんな独自性を持ってやって来たのでしょうか?


プレミアム・ブランドとしてのクオリティ

SUVとクーペのクロスオーバースタイルは、写真で見るとあまり大きく感じませんでした。ところが目の前に現れたe-tronスポーツバック55クワトロ(以下、e-tron)は、思いの外大きかったのです。そのボディサイズを見れば全長4,900mm×全幅1,935mm×全高1,615mmですから、メルセデスのEQCより少し長いがほぼ同じ、国産でみれば人気のトヨタ・ハリアーよりひとまわり大きいので、この第一印象はそれほどオーバーなものではないと思います。

さらにスペックを確認して目が行くのは2,560kgというボディの重さ。こちらもEQC(2,495kg)よりも少し重いのですが、かなりの重力級といえます。ハリアーのハイブリッドモデルが1,730kgということでも分かるのですが、これまでの感覚からすると2トンを超えると“かなり重いクルマ”となります。

実はピュアEV(以下、BEV=バッテリーEV)、一般的にはバッテリーを積むほど航続距離を伸ばせます。しかし、せっかく充電した電力を、大きく、そして重くなったバッテリーを移動させるためにも、消費しなければなりません。BEVの現状は、このバッテリーの重さと達成できる航続距離との損益分岐点を、それぞれのクルマの性格に合わせて探すという、なんとも悩ましい問題を抱えているのです。

この他にも大きくするほど充電時間がかかったり、急速充電器の能力といったインフラの問題などなど、複雑に絡み合っていますから、単純にバッテリーを大きくすればいいじゃないかという考えでは済まないのです。

アウディの都会的でスマートなイメージはBEVとなっても健在です

e-tronは一充電あたりの最大走行可能距離が405km(WLTCモード)で、バッテリー容量が95kWhです。EQCは80kwh、ジャガーのi-Paceは90kWhですから、ヨーロッパの交通モードやクルマの使い方を考えると、こうしたバッテリー容量を選択したことも理解できます。ちなみにテスラのモデルXは100kwhの大容量を搭載して、車重が2,400kgを越えます。

その点、日本の交通モードで使われることの多い日産のリーフe+ Gはバッテリー容量が62kwhで、車重は1,680kgと一般的な普通車並みに収めながら、一充電での航続距離は458km(WLTCモード)を達成しています。FFのという駆動方式などもあるでしょうが、バッテリーの容量が小さくとも、軽量化によって航続距離はずいぶんと伸ばせることがわかります。

ただ、e-tronを始めとした4WDのSUVであると同時に、プレミアム・ブランドという位置づけです。走行性能や室内をはじめとしたクオリティを、軽量化のために落とすことは簡単ではありません。ここでもブランドならではのバランス感覚を全力で働かせて、損益分岐点を探した結果のひとつがe-tronなのです。どんな走りの魅力、作りの上質感を維持しながら仕上がっているのでしょうか? さっそく走り出してみました。

驚きの静粛性の高さ

アウディにとって日本で初めてのBEVは、スタートボタンを押すと、なんともあっけなく立ち上がりました。もう慣れましたが、ここまでは家電品かパソコンのような操作感覚です。ブレーキに右足を載せ、シフトセレクターをスライドさせてDレンジに入れます。このスライド式セレクター、デザインも未来感があっていいし、操作性もスマート。味気ないスイッチという感じではありません。こうした細かな部分でもアウディクオリティがチラチラと顔を見せるのです。

さっそくアクセルを踏み込んでそろそろと走り出しました。2.5トンのボディだと言うことも、大柄であることも、感じさせないほど静か。なんだ、この静粛性の高さは……。かすかに周辺の街の雑踏は聞こえてきますが、少しオーバーかも知れませんがオーディオルームのような静寂とともに走り出したのです。

BEVはすべて静か、という評価はすでに定着しているのですが、e-tronのそれは、ガソリン車なども含めてもトップクラスにあるでしょう。このクルマには「サイレンスパッケージ」が標準装備されていて、風切り音を低減しているのです。さらにボディの遮音性も高く、キャビンは快適そのもの。お気に入りの曲を入れたメモリースティックをもってこなかったのを、後悔しました。

静粛性の高さの次に感じたのは“しっとりとした乗り心地”です。この印象は走り出しからズッと感じていました。さすがにこれだけの大きさと重量があると、市街地でクイックにキビキビと、という走りではありません。しかし、ボディの揺れもスッと収まり、ステアリングにもしなやかに反応し、とても穏やかな気分になれるしっとり感です。さらに信号待ちなどで前方が開いたとき、アクセルをグッと踏み込んだのです。これまでのイメージどおり、強烈なトルクを低速から発揮して、グングン加速していくのですが、こんな時でさえもソフトで優しい感覚があるのです。

アルカンターラを座面などに使用したスポーツシート

この印象は高速に乗り込むとさらに輝きました。前後の揺れ、つまりピッチングの収まりも良く、優雅な乗り心地。さらに直進安定性の高さは絶品でした。やはり2,930mmという長いホイールベースと、サスペンションのセッティングの上手さによるものです。

そうしてもう一点、e-tronは約700kgのバッテリーを前輪と後輪の間のフロア下に積んでいます。走りを始め空調など、多くの電力消費をまかなうためにはこれだけのバッテリーが必要だったわけですが、この重量があればこそのしっとり感だったといえるでしょう。本当にどこまでも走り続けたくなる走行性能でした。

加速しながらも安定の走り

次にワインディングに乗り入れてみると、トルクフルな加速感を随所に感じながら軽快に走っていきます。前後にある2基のモーターを合わせたシステム最高出力が408PS(300kW)、システム最大トルクは664N・m(67.7kgf・m)ですから、その加速性能とクワトロによる安定した加速性は、スーパースポーツ並といえるのです。

さらに重量物が床下という低い位置にありますから、コーナリングは左右への傾きも少なく、フラットで安定した姿勢で駆け上がります。ホイールベースが長いのでスポーツカーのようなクイックさではないのですが、ステアリングの操作に正確な反応を見せながら、自然な切れ味を見せるのです。

イエローのブレーキキャリパーがスポーティな雰囲気を盛り上げます

下りでは回生ブレーキがもっとも強く働く“走行モード”にセット。アクセルペダルの操作だけで加減速できる日産の“ワンペダル”とまでは言いませんが、フットブレーキにそれほど頼ることなく、平和に降りてくることが出来ます。そのままの設定で市街地に入ってみました。前車との車間距離にゆとりさえあれば、ギリギリワンペダルでもイケそうですが、さすがに最後はちゃんとフットブレーキを踏んで停車しました。

こうして市街地から高速、そしてワインディングと少々走りました。フル充電からのロングテストではなく、60%ほどのバッテリー残量からスタートし、全行程100kmほどを走る短時間のテストでした。そんな状況でテストを終え、平均電費は3.8km/kwh。テストですから少々無理な走りもした結果です。

仮に満充電の95kWhから走り出したとすると、95kwh×3.6km=342kmという総走行距離となり、カタログ値を大きく下回ってしまいます。一方で、ごく普通に走った知人のデータによれば平均電費は4.5km/kwhでした。これならば総走行距離は427.5kmとなり、カタログ値は達成できる計算になります。

ボンネットを開けると充電コードなどを入れるボックスやコントロールユニットなどあります

当然ですが、電費はガソリン車の燃費以上に、走り方やエアコンを始めとした電装品の使用頻度に大きく影響を受けます。その覚悟の上で、極上の静粛性とインテリアの上質感、そしてBEVでアウディのお洒落なイメージを手にするための価格は1,327万円(e-tron Sportback 55 quattro 1st edition)です。そして最近、933万円からという「e-tron 50クワトロ」が新たに仲間入りしました。バッテリー容量は71kWh、満充電から316km走行可能、車両重量2,400kgと、ちょっぴり軽量級のモデルです。こちらのテストと、そして現在のBEVが抱えている充電インフラなど数多くの問題については機会を改めてレポート予定です。

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