「にいがたヘルスケアICTフォーラム」が新潟市で開催

フォーラムの様子

「にいがたヘルスケアICTフォーラム」が22日、新潟日報メディアシップ開催された(ICT:ITの技術を有効活用することで情報を伝達すること)。このフォーラムは、新潟県のイノベーション創出事業に採択された「ヘルスケアICT立県」実現プロジェクトのキックオフフォーラムでもあり、新潟県と、その採択事業者でもある(株)BSNアイネットの共催で行われた。

フォーラムには新潟県の花角英世知事と、データサイエンスとヘルスケアコンサルタントのスペシャリストらによる鼎談や、花角知事によるICTサービスのデモ体験、様々なヘルスケア事業のブース展示視察などが行われた。

花角知事は冒頭の挨拶で、「新潟県は全国一の医師不足県でもあり、また人口減少や少子高齢化も進んでいる。こうした問題がある中で『医療需要の変化に対応して、県民の皆様が安心して医療が受けられる』。そんな持続可能な医療の提供をどうやって構築していくのかを大きな課題として取り組んでいる。そんな課題の一つの解決策としてICTの活用だと意識している。このフォーラムを通して皆様と問題意識・関心をより深めていこうと考えている」と話した。

続けて、「昨年の10月に県はイノベーション創出支援事業を始めた。県では、あらゆる産業分野や社会経済の中でICTを使って、新たな革新的なイノベーションを起こしていくことができるのではないかと考えており、県はこうしたイノベーションを起こす事業を募集したところ、この『ヘルスケアICT立県実現プロジェクト』が採択されたという経緯がある。地域のものづくりの力、さらには力を入れて取り組んでいるIT・情報ネットワークの上に、更にICTを活用していく中で、持続可能な質の高い医療を提供し、またICT産業が新潟に集結していくという環境を作り出していきたいと考えている」(花角知事)と語った。

知事鼎談

鼎談の様子

本フォーラムでは始めに、花角知事と、慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏、ハイズ株式会社(東京都中央区)代表で慶應義塾大学の特任教授も務める、裴英洙氏によるオンライン鼎談が行われた。その内容は以下の通り。

——行政が一体となって取り組む事が特徴の「ヘルスケアICT立県実現プロジェクト」について、他の成功事例を元に見解をお願いします。

裴氏 行政がリーダーシップをとって進められるヘルスケアICTは世界でも進んでいますが、イギリスの『バビロンヘルス』の事例が有名で、AIチャットbotの導入で医療の窓口問題を解消している。実際に医療の質も問題なく、イギリスでは25万人のユーザーもいる、非常に頼式のある事業となっている。

宮田氏 バビロンについては、アフリカのルワンダと連携していて、そちらは利用者が200万人を超えている。先進国は様々な規制が存在するので、いわゆる途上国と連携しながら作っていくプロジェクトが加速している。Amazonでも『Amazonケア』を発表していたりで、まさに全世界が連携する中で、個別に寄り添ってたサポートを展開していく時代に入っている。裏を返せば、新潟から素晴らしいサービスを作っていくことによって、新潟から日本全国、ひいては世界に対して新しいソリューション(問題を解決する・解答を出す)になり得る。新潟発のヘルスケアICTの取り組みは大きな可能性を秘めている。

花角知事 これらの見解は自治体や行政が本腰を入れて取り組めば、プロジェクトが大きく進むという良い事例だと思う。しかしながら懸念しているのが、ICTの利活用に対して高齢者は中々ついていけないのではないかという指摘もあり、バビロンヘルスに関してはどうやってデジタルデバイスに慣れない高齢者を取り込んでいったのか気になる。もしくは、その点は課題として残っているのか?

宮田氏 バビロンも実は、高齢者についてのサポートには力を入れています。また、日本のスマホ普及率は60%ぐらいで先進国の中でもかなり低い。例えば韓国では普及率が95%を超えていたり、あるいは中国では、お年玉を配るときに電子決済を使うと、ダブルポイントが孫に付与されるという取り組みがある。そうすると、孫側から祖父祖母に電子決済を使って欲しいという呼びかけを行い、それに応える形で祖父祖母が一生懸命にデバイスの使い方を覚えるという文化もある。何が言いたいかというと、やはりITはあくまでも手段なので、『シニア世代が楽しく使いたいと思える』環境を作っていく事が重要ではないかと思う。いかに『使っていきたいと思える環境』を作るかが大切だと思います。

——今の関連で、宮田先生はNCD(ナショナルクリニカルデータベース:外科系の専門医制度と連携した症例データベース事業)立ち上げにも関わっていますが、実際に医療の世界で有効に活用されるまでの経緯や教訓を教えてください。

宮田氏 今はNCDというのは外科以外の専門領域にも拡大していて、全国5000病院ぐらい参画しています。始めた当初は3施設ぐらいから始め、初期は「現場の邪魔だ。さらに忙しい中、雑務を増やしてどうしてくれるんだ」という罵詈雑言が飛んできていた。ただ大事なのは『現場にとってそれが使えるツールなのかどうか』という事で、更に最も大事なことは『患者さんの為になる』という事です。ここを認識していただけるような機能を作っていくことによって、『これを使っていないと一人前の外科とは言えないのではないか』という風潮ができたおかげで、一気に広まっていったという経緯がある。

今回のプロジェクトで言えば、県民、患者さんの視点に立って『これがいかに役に立つか』という、説明を徹底的に行っていく事こそが最も重要な点だと思います。

花角知事 まさに現場で役に立つという事、また大切な目標は『患者にとって価値がある』事を教えて頂いたと思います。

——様々な地域プロジェクトに関わっている裴先生ですが、新規の事業がうまくいくかどうかは、先程の観点も関わってくるのでしょうか?

裴氏 先程の宮田先生が仰った通りで、社会的課題に対して熱い志で動いていく事が大切です。まず『熱量を持った人が集まる』という事が大前提で、人が集まると知恵が集まります。そして、人と知恵が掛け算で集まると、それに周りが感化されて金が集まり、それがビジネス化されていき、生態系が作られていくという形だと思います。つまり起点がものすごく大事で、社会的課題に対して『なんとかしよう』という行政のリーダーシップ、まさにそういう熱い志を起爆剤にして、どんどん知恵が集まっていくというのがスタンダードな流れだと思います。

花角知事 社会課題から出発しているということは、言葉を変えれば『具体的なニーズがある。困っている人がいる』ということだと思う。望んでる人がいるという所からプロジェクトをスタートするという事が、(成功の)要因だと思いますし、そこに熱い思いを持った人がエンジンとして関わっていないと、物事が進まないのかなと思っています。行政が多くの人を巻き込んで、着実に前に動かしていくという役割を果たしていかなければいけないと思ってます。

また、先程の『現場』というキーワードに関わってきますが、具体的なニーズというところからプロジェクトが動かないと、得てして、現場が使いこなせないような頭でっかちのICTが生まれてしまうのではないかと感じる。『これがあったら便利だ、これがあったらいいんじゃないか』というシーズ(技術やノウハウ、開発した新素材等を元に商品やサービス開発すること)から入っていくと、現場にとって役に立たない誰も喜ばないICTの利活用になってしまうのではないかと考えます。

——ヘルスケアICT立県では、いくつか着目しているポイントがあるが、中でも『産婦人科・小児科』の課題感について知事から何かあればお願いします。

花角知事 小児科医の数について、県は7つの医療圏域に分けているのですが、どの医療圏域においても残念ながら全国平均に及ばないという事で、小児科医が不足しているという現状にある。産婦人科医も同様です。これらの分野で、なんとかして医療スタッフの少ない部分を補い、どこにいても子育て・出産を安心してできるような環境を作っていかなければならないというのが、県にとっても大きな課題となっています。

裴氏 今回のブースにもある、Kids public社(東京都千代田区)の『小児科オンライン』、『産婦人科オンライン』というサービスが正に知事の仰られた、医師不足という社会的課題を解決する取り組みだと思います。そこでは子育て世代が悩みをオンラインでライトに相談する事ができ、そうした中で適切な受診案内だったり、もしくは不安解消などの取り組みが実施されています。相談を受けるのは、登録されている150名以上の医師であり、医師不足などのマンパワーをある程度補ってくれるサービスではないかと思っています。

鼎談の様子

——オンラインの活用に関して、今後のプロジェクトとしての展望はありますか?

裴氏 たくさんの子育て世代の『現場の声』が集まると思います。そこから、オンラインの妊婦検診や、分娩のアウトカムの予想だったりのデータが集まってくると思います。例えば、そこから効率的な行政政策だったり、新しい産業育成といった未来像が広がっていくと思います。

花角知事 こうしたお話に、非常に期待が高まります。ICTというのは『空間(距離)、時間を乗り越える手段』だと思っています。(ICTの利活用により)新潟という広い県土、また離島という不利な地域においても、専門性の高い医療に安心してアクセスできてサービスの提供を受けられるという環境を作り出せると思っているので、県でICTの利活用の先進時代を作り出していきたいと思います。

——スモールプロジェクトからビックプロジェクトに移行するためのポイントはありますか?

裴氏 ヘルスケアビジネスの発展には3つのポイントがある。1つ目は『熱い志』で、これは先程お話しした通りです。2つ目は、『社会的な課題にしっかり沿っているかどうか』で、これも先程知事が仰った通り大切だと思います。3つ目は『コミュニティ』で、やはり一人では大きく動くのは難しいという事もあり、集合体を作っていく仕掛けが必要かなと思っています。これらの3つが揃っていれば転けにくいプロジェクトになると考えます。

宮田氏 今はアジャイル型(短い開発期間単位を採用することで、リスクを最小化しようとする開発手法)を採用し、必要な部分をスモールスタートで作っていきながら、スピード感の中で、いかに迅速に人々に価値を出せるかという取り組みをしている事例が多い。いわゆる『数年後に何かできるかもしれません』ではその間に社会が変わってしまう。多くのデータプロジェクトは、壮大な計画の中で、アウトプットも壮大すぎて、感触も掴めないまま瓦解することも多いので、短期の中で立ち上げ、クイックWINを掴めるという事もすごく大事です。

もう一つは、先の目標に向けてとなると、大きなリーダーシップが必要になります。リーダーたちが最終ゴールを掴んだ上で、目標に向けてブレずに進んでいく事も必要です。

——人をたくさん寄せていくというのも一つのポイントですが、『人づくり』に対して何かありますか?

花角知事 人の育成という部分に関して、地域においては総合診療医が極めて重要だということを受け、最近新潟大学医学部と『総合的な診断能力を持つ医師の養成』に関しての協定を結び、行政側としても人材の育成に注力している。こうした努力を産業側にもお願いしたいところで、ICT(IT)企業様にもぜひ何かICT人材を育てうる何かをお願いしたいところです。

裴氏 これに関して、医療職だけでなく、様々な思い、才能、アイデアを新潟に集結しようということで、持続可能医療の基盤となる人材育成に特化した『にいがたヘルスケアアカデミー』という構想構想がある。実地的な人材育成のコースとなりクイックな成長が見込める。そういった人材が集まり、新潟が『ヘルスケアICTのメッカ』になるような構想が動いている。

花角知事 非常にスピード感があり、熱い思いを感じるところです。行政機関にも非常に熱い思いを持った職員もたくさんいますので、是非、世代や業界超えてワンチームで一緒に取り組んでいけたらと思います。

——最後にまとめと、これからの想いをお願いします。

裴氏 こうした取り組みの中で、新潟から生まれてくるICTにワクワクしています。可能な限りご一緒させていただいて新潟の医療、ひいては日本の医療を良くしていこうと思っています。

宮田氏 課題解決という部分に関して、新潟の佐渡は高齢化率が非常に進んでいて、そこは日本の未来の姿の一つだと感じてる。更には、世界的に日本は注目されており、各国は10年ほど遅れて日本のような超高齢化社会が訪れると言われている。彼らはそれをどう乗り越えれば良いかわからない。新潟で高齢化の進む地域で課題解決の姿を見せる事ができれば、日本の希望であり、世界にとっての新しい道標となる。なので新潟の取り組みは世界に対しても大きな可能性を秘めていると考えている。新しい転換点をつかみ、新潟がその先に進む事ができれば、大きな可能性が開けると思いますし、私自身としても微力ながらお力添えできればと思います。

——総括をお願いします。

花角知事 本当に有意義なお話をお聞かせいただきありがとうございました。新潟という地域にエールを送っていただいたとも思いますし、熱い思いも語っていただきましたので、是非その想いに応えて取り組んでいきたいと思う。私からは3つございます。

1つ目は、地域の課題からスタートして、現場の役に立つものを作っていきたいと思う。特に、小児科・産婦人科、更に救急医療の現場も新潟の大きな課題だ。そういった物に対応すべく、ICTを上手く使っていきたいと思う。2つ目は、やはり『想い』だ。こうしたプロジェクトを前に動かすのは、やはり中心となる『人』が大事であり、またそれを組織立って支えられる行政機関や関係者をうまく繋げていく努力を、行政として取り組んでいきたいと思う。3つ目は、『人材』だ。活力のある人材を上手く育成していくシステムづくりも重要だと認識しています。

これから新潟が、日本全国に先駆けて、また誰も取り残さない素晴らしい医療環境を整え、世界に冠たるヘルスケアICTの地域として、知られていくように努力していきたい。

知事によるブース体験

「小児科オンライン」を実際に体験する花角英世新潟県知事

鼎談の後、花角知事によるICT事業のブース体験が行われた。花角知事はKids public社の小児科オンラインのサービスを実際に体験し、実際の子供に見立てた人形の症状を、小児科医でありKids public社代表も務める橋本直也氏にオンラインのビデオ通話で相談した。

橋本氏はオンラインサービスについて、「オンライン上では医療に関する相談だけでなく、ちょっとした子育てに関する相談事なども受け付けていて、オンラインだと相談しやすいという声もいただいている。育児の負担を減らすという事も目的としているので、是非ご利用いただけたらと思います。新潟県から是非DXの形を示せたらなと思います」と語った。

サービスを体験した花角知事は、「何か子供に異変が起きた時は心配でならない、そんな時に専門家に受け止めてもらえると親は安心すると思います。また、音声だけでなくビデオ上で症状を見せながら対応していただくので、より安心感がありました。こうしたアプリを普及させ、新潟県の子育てをよりいい物にしていきたいと思いました」と話した。

その後、花角知事は実際に会場内のブースをいくつか視察しICT事業者達と意見交流を図り、最後に(株)BSNアイネットの「ヘルスケアICR立県」実現プロジェクトの説明が行われた。同社の南雲社長は、「行政、医療機関の方々とタッグを組みながら地域の医療課題をICTによって解決するための支援を是非ともやらせていただきたいと思っています。弊社をはじめとするいくつかの企業が地域課題について取り組んでいき、合わせて人材育成も持続的に行い事業を成功させていきたいと思います」と今後に懸ける意気込みを述べた。

「ヘルスケアICT立県」実現プロジェクトのブース前にて

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