【取材ノートから】四国・松山にキラリ光る地方鉄道 伊予鉄グループが「EST交通環境大賞」受賞

横河原線石手川公園駅の石手川橋梁は1893年製で、移築されていない鉄道橋としては日本最古。2012年には土木学会選奨土木遺産に認定されました。 画像:伊予鉄道

温泉と俳句の街として知られる、愛媛県の県庁所在地・松山市を走る地方鉄道が伊予鉄道です。現存する民営鉄道で南海電気鉄道に次ぐ2番目に古い歴史を誇る伊予鉄は、ターミナル駅の松山市駅を中心に鉄道と軌道(路面電車)合わせて43.5kmの路線ネットワークを形成、年間1900万人ほどが利用します。

松山市は多くの都市が課題とする、中心市街地の空洞化がほとんど見られませんが、これも伊予鉄とJR四国という鉄軌道系の公共交通機関が機能するから。伊予鉄に話を聞いたのは、2018年1月に松山市で開かれた「全国LRT都市サミット」取材の際。この時のメモを基に、2020年に受賞した第11回「EST交通環境大賞」国土交通大臣賞の話題も交え、伊予鉄グループを紹介します。

県都を走り続けて130余年

「停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろごろと5分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった3銭である」

1906年に世に出た夏目漱石の名作「坊っちゃん」には、早くも伊予鉄道が登場します。漱石が英語教師として松山に赴任したのは1895年。既にこの時、現在と同じ社名の伊予鉄は開業8年目を迎えていました。

今は旅客一本の伊予鉄も、当初の建設目的は貨物輸送でした。最初に開業したのは松山―三津浜(現三津)間。三津浜は瀬戸内海に開けた松山の港ですが、道路事情の悪かった当時、「松山から三津浜への輸送費が、三津浜から大阪への海路運送費より高く付いた」の記録もあるほどで、鉄道が待望されていました。明治初期は軽便鉄道として、その後は一般鉄道として路線網の整備が進みました。

戦前のうちに現在の路線網を形成

昭和30年代の松山市駅。現在は駅ビルに建て替わりましたが、松山の玄関口機能は開業130年以上の今も変わりません。 画像:伊予鉄道

明治の愛媛には伊予鉄のほかにも、道後鉄道、南予鉄道、松山電気軌道など複数の鉄道が存在しました。しかし中小鉄道の経営環境は厳しく、次第に伊予鉄に統合。戦前のうちに、現在の路線網がほぼ形成されました。

ちなみに、国鉄が松山に乗り入れたのは1927年の予讃線伊予北条―松山間の開業時。私鉄が早かった分、官営鉄道の整備は遅れ、全国の都道府県庁所在地に到達した官営鉄道では沖縄県・那覇を除き松山が最終でした。

この時、伊予鉄松山駅は「松山市駅」に改称。その後も松山市は、鉄道と歩調を合わせながら発展しました。現在の松山市は人口51万人。42万都市の香川県高松市をしのいで、四国を代表する都市に成長しました。

「郊外線」の鉄道は3路線

伊予鉄の路線は鉄道と路面電車に区分されます。鉄道は郊外線と称され、高浜(高浜―松山市間9.4km)、横河原(松山市―横河原間13.2km)、郡中(松山市―郡中港間11.3km)の3路線で構成されます。高浜線と横河原線は松山市駅で路線名が変わりますが、実際はほとんどの列車が直通運転しており、市駅を真ん中に松山市の東西をつなぐ鉄道と位置付けられます。

郡中線は終点の郡中港でJR予讃線伊予市駅に接続します。列車は高浜・横河原線、郡中線ともに3両または2両編成が基本。ダイヤはほぼ15分間隔で設定され、快適に利用できます。

路面電車は「松山市内線」

伊予鉄一番の撮影ポイント・大手町駅。郊外電車と路面電車の平面交差は通称「ダイヤモンドクロス」と呼ばれます。郊外線には京王電鉄からの譲受車と自社発注車両が走ります。 写真:上里夏生

路面電車は松山市内線と総称され、路線は城北線、城南線、本町線、大手町線、花園線に分かれます。路線は全部で9.6km。ほとんどは軌道扱いですが、一部鉄道として免許を受けた区間もあります。市内中心部は松山市駅とJR松山駅前がメインの電停で、それぞれ名湯・道後温泉との間に路線網が張り巡らされています。

現在、郊外電車の利用客数は年間ざっと1200万人、同じく松山市内線は700万人ほどで安定しますが、地域鉄道の例に漏れずマイカー普及で苦戦を強いられた時期もありました。伊予鉄はさまざまな利用促進策で、苦境を乗り越えました。

伊予鉄は、2001年から数次にわたり「サービス向上宣言」を発出。最低運賃を150円、最高運賃を600円に抑えつつ、運賃を50円刻みに変更して分かりやすい運賃体系としました。シニアの利用を増やそうと、格安の「シルバー定期券」も売り出しました。

その後、2015年度からは「チャレンジプロジェクト」を展開。①乗ってみたくなるような電車・バス ②観光振興への対応 ③お客さま視点での安全・サービス向上――の3項目を柱に、訪日外国人を意識した駅名や行き先案内のローマ字併記などに取り組んでいます。市内電車での英語アナウンス、インターネット無料接続環境整備も、松山を訪れる訪日客に喜ばれています。

交通環境大賞で国土交通大臣賞受賞

長年にわたる伊予鉄の取り組みが認められたのが、2020年10月に表彰セレモニーがオンライン開催された11回目の「EST交通環境大賞」です。伊予鉄グループは、「伊予鉄チャレンジ~サスティナブルなECO社会の構築を目指して!地方からの挑戦」で、最優秀賞の国土交通大臣賞を受賞しました。

伊予鉄の施策は、簡単にいえば利用しやすい、利用したくなる鉄道やバスを実現すること。観光振興や街づくりにグループ挙げて取り組み、伊予鉄を地域になくてはならない存在に高めました。交通環境大賞の選考では、そうした活動が高く評価されました。

「環境的に持続可能な交通」を実践

松山市駅前の伊予鉄本社には「坊っちゃん列車ミュージアム」があり、鉄道愛好家のスポットとなっています。 画像:伊予鉄道

ここで交通環境大賞を簡単にご紹介。交通エコロジー・モビリティ財団を中心に、国土交通、環境の両省と警察庁、日本民営鉄道協会、日本バス協会、日本自動車工業会で構成するEST普及推進委員会が制定する交通分野の公的表彰制度で、環境負荷軽減に成果を挙げた交通事業者や自治体を表彰します。ESTはEnvironmentally Sustainable Transportの頭文字で、「環境的に持続可能な交通」を意味します。

伊予鉄グループの環境負荷軽減の基本は、マイカーから鉄道やバスへのモーダルシフト。「見て、知って、乗ってもらうことによる公共交通の利用促進」を掲げ、利用促進を図ります。

鉄軌道のイメージアップでは、2001年から松山市内線にデビューした「坊ちゃん列車」が親しまれます。この坊ちゃん列車、見た目は完全なSLながら動力源はディーゼルエンジンです。本物のSLを走らせるプランもあったのですが、ばい煙問題で断念。しかし、〝なんちゃってSL(失礼しました)〟に観光客は大満足。デビューから20年を経過し、松山の風景にすっかり溶け込んでいます。

新製LRT車両

市内線最新鋭のモハ5000形電車が復元された坊っちゃん列車とすれ違います。バックには松山城。 画像:伊予鉄道

新型車両では、同じ松山市内線に2017年から導入されたLRT車両「5000形」が、街に新風を吹き込みます。障がい者や高齢者も乗降しやすい低床車で、外装は愛媛を代表する伊予柑を連想させるオレンジ色に塗装。乗ってみたくなる鉄軌道のシンボルといえます

子供たちに電車への親近感を持ってもらおうと、2016年に始めた「IYOTETSU小学1年生バスポート」もユニーク。愛媛県内の新1年生全員に土日曜日と祝日に、鉄軌道とバスが1日無料で利用できるパスポートをプレゼントします。最近の子どもたちは親のクルマで出掛けてしまうので、とにかく一度乗って電車やバスのファンになってもらう作戦です。

MaaSで観光振興、松山市駅前再開発でまちづくり

「伊予鉄MaaS」の画面例。伊予鉄は外国人利用も見込みます。 画像:伊予鉄道

観光振興では、「伊予鉄MaaS」を2020年8月からスタート。経路検索サービスのジョルダンの乗換案内アプリを活用、乗り降り自由のフリーきっぷや空港リムジンバスのチケットがスマートフォンに表示され、画面を見せるだけで列車やバスを利用できます。

まちづくりの実践策には、「いよてつ保育園」や「松山市駅前再開発構想」などが並びます。松山市駅前広場の再整備では、郊外電車と路面電車をシームレスにつなぐ構想もあるようです。地方鉄道の一番星として進化する伊予鉄に、今後とも注目したいと思います。

文:上里夏生

© 株式会社エキスプレス