IOCバッハ会長が、東京五輪開催にこだわる理由 「タブー排除」無観客も 半年前インタビュー

国立競技場を視察し、記者団の質問に答えるIOCのバッハ会長=2020年11月

 ▽強い危機感の裏返し

 新型コロナウイルスの感染再拡大が世界で猛威を振るう中、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(67)=ドイツ=が東京五輪開幕まで半年に合わせて共同通信のインタビューに応じ、大会開催への固い決意を重ねて示した上で、1年延期された大会開催へタブーを排除して全力で準備を進める意向を表明した。

 「最優先の安全を確保するための議論にタブーはない」と強調し、これまで否定的だった無観客や観客削減の可能性も指摘。「プランB(代替案)はない」と中止や再延期の選択肢を否定した。長引くコロナ禍で倒産や失業が相次ぎ、医療崩壊の危機も叫ばれる今、五輪への風当たりは強い。開催に懐疑的な世論との隔たりが広がる印象も与えるが、開催にこだわる姿勢をアピールするのは、揺らぐ五輪ブランドと祭典の在り方そのものへの危機感の裏返しでもある。(共同通信=田村崇仁)

  ▽犠牲は必要

 IOCが東京五輪開催に向けて想定するシナリオは4パターンある。現状は安全度が2番目に高い「ベースケース」とされ、「コロナとの共存」を想定している。刻一刻と世界の情勢が変化する中、バッハ会長は最近、コロナ対策に関して「ツールボックス(道具箱)」という表現を好んで使う。あらゆるシナリオに対応できる「道具箱」を充実させ、ポストコロナ時代のスポーツ界も見据えた「歴史的な五輪」を目指す構想だ。

オンラインで共同通信のインタビューに応じるIOCのトーマス・バッハ会長=1月21日

 約1時間のインタビューで「無観客も一つの選択か」と問い掛けると、バッハ会長は「タブー」と「犠牲」というキーワードを持ち出して力説した。「選手だけでなく、全ての五輪ファンが満員のスタジアムで五輪を観戦したいと思う。一方でわれわれは前例のない時代に生きている。安全が最優先という点でタブーはない。全ての選手に柔軟性と犠牲が必要になるかもしれない」。最悪のシナリオを想定した場合でも中止を避け、無観客開催で五輪を実現させたい思惑がのぞいた。

  ▽開会式は大幅削減

 大会のハイライトである開会式の簡素化にも言及。「IOCは選手村での滞在期間の短縮を決めている。これは開閉会式参加選手の大幅な削減につながる。選手にとって最も重要なのは五輪の開催で、犠牲が必要なら受け入れるだろう」と訴えた。

国際交流の場である選手村は本来、異文化の人たちと自由に触れ合う五輪の大切な理念が実現される空間であり、バッハ会長も最重視する側面だ。

それが、感染防止のため厳しく短縮される。入村は競技開始5日前からとし、競技終了2日後までに退去を求められる。それでも安全な大会運営には「犠牲」が伴うということだ。

  ▽五輪予選の公平性課題

 国内外で中止論や再延期を求める諸説が飛び交う中、コロナ禍で五輪予選やワクチン接種の公平性はどう保つのか。厳しい情勢で大会を強行するとしても、ワクチンが世界に行き渡るのかは不透明。スポーツに最も重要な公平性を損なえば、皮肉なことに五輪本来の価値を失わせる懸念もある バッハ会長は「世界中の選手が困難な状況にある」と認めた上で「60%の出場枠は既に確定しているが、未定の残り40%については予選の日程やシステムの調整が必要になるかもしれない。公平性の視点で考えると、206カ国・地域の選手は残念ながら同じ条件ではない」と指摘した。

 さらに「例えば中央アフリカと日本の選手では常に異なる練習環境の課題がある。世界各国で同様のレベルでスポーツ施設の整備や科学的アプローチを取り入れた練習環境はまだ整えられていない」とした上で「選手やコーチには厳しい時期だが、五輪出場への意欲で乗り越えられる」と、コロナ禍での連帯を促した。

東京都庁で小池百合子知事と肘タッチを交わすIOCのバッハ会長=2020年11月

 ▽切り札はワクチン接種?

 2020年11月の来日時、バッハ会長は新型コロナ対策として、東京五輪に参加する選手のワクチン接種費用をIOCが負担する意向を表明している。欧米などでワクチン接種が始まったことを踏まえ「世界各国でワクチン接種の準備が進むことは、安全な大会の開催に大きく貢献する。全ての選手が東京に来ることを望んでいる」とも強調し、ワクチン接種を含む予防策に自信を示した。

 ただ、コロナウイルスの変異種の出現は大きな不安材料だ。IOC最古参のディック・パウンド委員(カナダ)が、英メディアに東京五輪を実現させるためには出場選手にワクチンを優先的に接種させるべきだとの私見を述べて批判を浴びたが、バッハ会長も切り札として期待を隠さない。「外国からの参加者が接種できるように国際機関と連携している。日本の人々への配慮、それから五輪運動の連帯のためだ。まずは医療従事者に届かなければいけないが、それも4、5月には行き渡るかもしれない」と予測した。

首相官邸で菅義偉首相とグータッチを交わすIOCのバッハ会長=2020年11月

 ▽北京と共倒れ、死活問題

 1976年モントリオール五輪のフェンシング男子フルーレ団体で金メダルを獲得したバッハ会長は引退後、弁護士資格を取得。スポーツメーカー大手アディダスのプロモーション部門に勤務した経験も生かしてIOCを実務面で支え、東京五輪開催が決まった2013年のIOC総会で第9代会長に選ばれた。その縁もあって「東京五輪への思いは特別」と打ち明けられたことがある。

 だが在任中はロシアの組織的なドーピング不正、16年リオデジャネイロ、20年東京五輪に絡む招致疑惑などスキャンダルが相次ぎ、五輪ブランドの輝きが失われた。

 肥大化と商業化で膨らんだ開催経費は14年ソチ冬季五輪で史上最高の5兆円に到達。これを分岐点としてコスト増大を懸念する住民の反発が相次ぎ、招致に名乗りを上げる都市は激減した。

 仮にコロナ禍で東京五輪、22年の北京冬季五輪が共倒れとなれば、IOCにとっても死活問題。収益の7割超を占めるテレビ放送権料が入らなければ、国際競技連盟(IF)や各国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)への分配もままならない。バッハ会長は北京冬季五輪に向け「もちろん異例のことだが、東京と並行して準備している。IOCは今、六つの優先順位があり、東京、東京、東京、北京、北京、北京だ」とジョークを交えて重要性を強調した。

 ▽3月に重大局面

 最新の共同通信の世論調査は、今夏開催の「中止」「再延期」を合わせた見直し派が8割を超え、懐疑論が広がる。バッハ会長はそんな厳しい世論にも「今の状況を考えれば、6カ月後の開催をイメージするのは難しいのは理解できる。しかし大会時には状況も変わる。改善していくことで人々は異なる考え方をするだろう。開催を熱望しているのは選手だけではない。経済界、政治的指導者、科学や医療の世界もトンネルの先にある光明を見いだしている」とあくまで楽観論を示した。

 先行きが不透明な中、五輪開催に向けた鍵は何なのか―。バッハ会長は「安全を最優先にあらゆるシナリオに備えている。観客数の上限またはワーストケース(無観客)、検査の方法、入国審査、検疫、選手村での安全な距離、誰が何回検査を受けるのか」と語り、コロナ禍で迎える「新たな形の五輪」を模索する。

 重大局面はテスト大会や聖火リレーが控え、2020年には大会延期を決めた3月になりそうだ。「昨年とは比べられない。医学は大きく進歩した。昨年3月にワクチンや検査は利用できなかった。今はパンデミックの対処法を知っている。観客など多くの決定では3月、4月が重要になる。チケット販売や事業計画において6、7月までは待てない」。かつて1000分の1秒単位の差が勝負を分ける厳しさをフェンシングという競技で学んだリーダーはかつてない難局をどう乗り越えるのか。トンネルの出口の光はまだ見えていない。

東京五輪開幕まで半年となるのを前に、IOCが1月22日に公開した動画で話すバッハ会長

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 トーマス・バッハ氏 76年モントリオール五輪のフェンシング男子フルーレ団体で金メダル。81年のIOC選手委員会発足時メンバーとなり、91年にIOC委員就任。96年に理事に初当選し、副会長などを歴任。IOCを法務委員長など実務面で支え、東京が20年夏季五輪開催都市に決まった13年9月のIOC総会で第9代会長に選ばれた。元ドイツ・オリンピック委員会会長。ビュルツブルク出身。弁護士。67歳。

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