核の転換点で、日本は

 「大統領の演説」と題する著書があるタレントのパトリック・ハーランさんによれば、オバマ元米大統領は歴代屈指のスピーチの名手らしい。詩的な言葉を使い、時には演説の途中で長い間(ま)を置いて、人の心を引きつけた▲2016年に広島を訪れ、名調子で語っている。「雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて…」。「死」とは原爆を指す▲なるほど、詩的な言い回しだが、「落ちてきて」ではなくて、どこかの国が「落とした」のでは…と首をかしげたのを覚えている。その一方で、名手は核保有国にこう直言した。「核のない世界を追求する勇気を持たねばならない」▲この言葉は本気だったらしい。演説の後、敵が核を使うまでこちらは核攻撃をしない、という「核の先制不使用」へ、オバマ政権はかじを切ろうとした。これに「今のままでいい」と猛反対したのが日本など同盟国で、政権の志はしぼんでいく▲核兵器禁止条約の発効と同時に就任したバイデン大統領は「核なき世界」を目指す路線に立ち返る。名調子かどうかはともかく、核の先制不使用に向けた本気の言葉を聞きたい▲核禁条約に背を向け、先制不使用には顔をしかめる戦争被爆国の政府も「核なき世界」を横目で見てはいられない。核の転換点にある今ほど、「本気度」が試される時はない。(徹)

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