副業に活路、外資マーケターが売上9割減の老舗和菓子屋に挑む理由

「コロナ禍で様々な企業が苦境に立たされています。これからは、会社の看板に頼らず自分の力で生きていく力を身に付けなければと思いました」

松岡留美さんは、大手外資系消費財メーカーに勤務するEC(電子商取引)マーケティングのスペシャリストです。現在は誰もが知るナショナルブランド製品のECプランナーとして活躍しています。

そんな松岡さんは今、副業として石川県輪島市にある老舗和菓子屋で働いています。


本業ではできない経験を積みたい

松岡さんがECに携わるようになったのはおよそ14年前。輸入食品販売会社でECサイトの立ち上げを担当して以来、EC関連のスキルの幅を広げるために転職を重ね、小売業やメーカーなど複数の会社で経験を積んできました。

順調にキャリアアップをしてきた松岡さんですが、コロナ禍で大企業が苦境に立たされている現状を目の当たりにし、会社の看板に頼らなくても生きていける力を身に付けたい、と考えるようになりました。強く興味を持ったのは「ブランディング」の領域です。

「ECサイトで『売上を挙げる』ためのノウハウは持っていますが、企業や商品の『ブランドを育てる』経験はありませんでした。小さな会社は、素晴らしい商品やサービスを提供していても、多大なコストをかけてCMやイベントを仕掛けることができません。Webを通じて、それらを世に出し、広めていく活動に携わってみたいと思いました」(松岡さん)

そんなとき、偶然目にしたのが、リクルートキャリアによる「ふるさと副業」というイベントでした。このイベントは都市部で働く人に副業として地方企業に携わってもらおうと企画されたものです。

ここで松岡さんは、石川県輪島市で和菓子製造・販売を行う「柚餅子総本家 中浦屋」が、自身の専門である「Webマーケティング」「ECサイト企画・運用」ができる人を求めていることを知りました。

「私は石川県金沢市の出身です。以前から故郷に貢献したい気持ちもあったので、チャンスだと思いました。石川にはすばらしいものがたくさんあるのに、首都圏の人にはまだ知られていないものが多く、もどかしく感じていました。」(松岡さん)

100年の歴史を持つ和菓子屋「デジタルマーケティング」への挑戦

中浦屋は創業110年を迎える老舗です。4代目社長である中浦政克さんは、「ふるさと副業」のイベントに参加した理由をこう語ります。

「コロナ禍で観光客が激減し、5月の時点で売上が9割減少しました。オンラインショップは以前から開設していましたが、本格的な整備はこれまで先送りしていました。しかし、売上をカバーするためにネット販売を強化する必要に迫られました」(中浦社長)

ECの専門家の知見が欲しいと採用を開始しましたが、本社が能登半島北部という立地もあってか、なかなか専門知識を持つ人が見つかりませんでした。そんなとき見つけたのが『ふるさと副業』のイベントです。専門性を持つ人が副業でも興味持ってくれたらと、イベントに参加を決めました。

イベントは2020年10月3日、「オンラインワークショップ」のスタイルで開催されました。中浦屋を含む石川県の企業3社が抱える課題に対し、参加者が知見を活かしてアイデアを出し合う、ディスカッション形式で行われます。

当初、副業者を1名採用できればいいと考えていた中浦社長。しかし、自社の「ECサイトの売上拡大」をテーマに繰り広げられるディスカッションを聞いているうちに、「ECサイトの機能を整えさえすればいいわけではない」と気づいたといいます。

「売上につなげるためには、集客の仕掛けも必要です。それには、ECサイトとコーポレートサイトとの連動、デザイントーンの統一、企業ストーリーを伝えるコピーライティング、そしてSNS活用などなど…、リブランディングをパッケージで取り組まなければならないと気づきました」(中浦社長)

結果的に、『デジタルマーケティング』という包括的なプロジェクトを展開するため、松岡さんを含む副業者5名を採用しました。それぞれ、ブランディング、デジタルマーケティング、オフラインとオンラインの融合、Webデザインなど、専門性をもったメンバーです。

さらに、プロジェクトのための新部署として「デジマ次世代創造室」を立ち上げ、2020年11月から本格稼働させました。

経験の幅を広げ、変化に適応できる人材になりたい

松岡さんは現在、次世代創造室の5人と中浦社長、そして輪島市のスタッフでオンラインミーティングを週1回2時間行っています。

それ以外にも、平日の1~2時間や休日のまとまった時間に、中浦屋の業務をオンラインで行います。コロナ禍で在宅勤務になり、通勤時間が削減できた分、副業にあてる時間を確保できているのです。

「100年以上もの歴史の重み。柚餅子(ゆべし)という伝統の味を守りつつ、『輪島プリン』『金澤ぷりん』など、革新へとチャレンジする姿勢がかっこいいと思いました。私たち5人のデジタルの知見を組み合わせることで、中浦屋の魅力的なストーリーを全国の人に知ってもらいたい。そんな貢献ができることにワクワクしています」(松岡さん)

松岡さんにとって、中浦屋での副業は、「故郷に貢献したい」という想いを叶えるほか、キャリア構築という側面で大きく2つのメリットがあるといいます。

1つ目は、興味を持っていた「ブランディング」をはじめ、自分とは異なる専門性を持つ他のメンバーから知見を得られること。2つ目はチームで行うプロジェクトの進め方のノウハウを得られることです。松岡さんの本業では単独で業務にあたることがほとんどのため、中浦屋次世代創造室のメンバーとのチームワークから、多くの学びを得ているといいます。

今後について、松岡さんは本業の会社を辞めるつもりはないそうです。大手企業にいれば、大規模な予算も投じるプロジェクトに携わることができます。大手企業だからこそできる経験も引き続き積みながら、中浦屋のように小規模でも魅力的な企業や商品を世の中に発信するお手伝いをしていきたいと話します。

「この先、社会がどう変わるかわからないし、自分のライフスタイルがどう変わるかもわかりません。幅広い経験を積むことで、変化が起きても適応できる自分になっておきたいと思います」(松岡さん)

2020 年の「ふるさと副業」イベントへの参加希望者数は 2018 年と比較して現在は約 9 倍以上に伸びています。

新型コロナウイルスの流行をきっかけに、人々の生活様式だけでなく価値観にも大きな影響を与えているようです。自分が本業で培ってきた経験やスキルを活かして地域への恩返しする新しい働き方のかたち、地方企業と首都圏人材との未来が広がっています。

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