「内縁の妻に家を残したい」遺言でカバーできない不安を解決する「死因贈与契約」

遺言は、遺言する人の気が変われば書き換えることができます。一方で、受け取るほうにも受け取らない自由があります。つまり、確実に意志が実行されるわけではありません。このような弱点をカバーするために活用を検討するべき「死因贈与契約」をご存知でしょうか?


20年以上前に離婚をした太郎さん(65歳)は、内縁の妻である花子さん(50歳)と10年以上連れ添い、太郎さんが所有する自宅で一緒に暮らしていました。太郎さんには、前妻との間に子どもがいます。離婚後も連絡を取り合い、良好な関係です。太郎さんと花子さんは、年齢や子どものことも考えて、籍を入れることは考えていません。しかし、太郎さんは自分が亡くなった時には、一緒に暮らしている自宅については、花子さんが住めるよう引き継がせたいという想いがありました。太郎さんは老後、施設などではなく、なるべく自宅で住み、その際は花子さんに面倒をみてもらいたいと思っていたからです。これについては、花子さんも協力したいと言ってくれていました。

このような場合、太郎さんが何かしらの対策をしておかないと、内縁の妻は自宅を引き継ぐことができません。太郎さんが亡くなった場合、内縁の妻は相続人にならないからです。それでは、どのような対策方法があるのでしょうか?

遺言書を利用する

ポピュラーな方法としては、遺言書を作成することです。太郎さんが、花子さんに自宅を引き継いでもらう旨を遺言で記載することで、内縁の妻である花子さんでも自宅を引き継ぐことができます。しかし、遺言書では、太郎さん、花子さんのどちらにとっても不安が残ります。

太郎さんの不安

遺言書を作成し、花子さんが自宅を引き継げるようにすることは納得している太郎さん。しかし、「もし、花子さんが自分の面倒をみてくれなかったらどうしよう」という不安がありました。遺言書は、「遺言者が亡くなってから」しか効力がありません。例えば、遺言書に「面倒をみてくれることを条件に」という記載をしたとしても、亡くなるまで効力が発生しないため、あまり意味がありません。面倒をみてくれない場合には、遺言書を書き換えるということも可能ですが、手間や費用もかかります。認知症などで判断能力がなくなってしまった場合には、遺言書の書き換えも困難になります。

花子さんの不安

花子さんにとって、太郎さんが遺言書を作成してくれることはとても安心できることです。しかし、遺言書は書き換えが可能です。太郎さんは、今でも子どもとの関係は良好です。そのため、例えば「全ての財産を子どもへ相続させる」のように、遺言書を書き換えられる可能性があります。遺言書は、最後に書いたものが有効です。ですので、太郎さんの面倒をみていたとしても、太郎さんの気が変わったら遺言書を書き換えられてしまう可能性があるのです。また、遺言書を書き換えたことを花子さんに知らせる必要はありません。つまり、書き換えたとしても、太郎さんが伝えない限り花子さんは知る術がないのです。そのため、遺言書の書き換えなどで、自分が老後に住む家が無くなってしまうかもしれないという不安がありました。

遺言とは異なる効力を発揮する「死因贈与契約」を活用する道も

死因贈与契約とは、財産をあげる人が「私が死んだら、あなたに○○(財産)をあげます」という意思表示をし、もらう人が「あなたが死んだら、あなたの○○(財産)をもらいます」と受諾することで成立する契約です。

遺言は遺言者の一方的な意思です。なので、いつでも書き換えが可能です。また、遺言で指定された人は、遺言者が亡くなった後に財産を受け取らないこともできるのです。しかし、死因贈与契約は、「契約」です。遺言と違い、お互いの「合意」が必要です。今回のケースでは、どのような契約内容にできるのでしょうか?

・太郎さんは、自分が死んだら花子さんに自宅を贈与
・その負担として、自分が死ぬまで面倒をみる
・面倒を見なかった場合、契約は解除

このような内容にすることで、前述した太郎さんの不安のほとんどをカバーすることができます。なお、契約は、遺言と違い「契約の成立」から効力がありますので、面倒を見てほしいという希望も、契約に織り込むことができます。

死因贈与契約の特徴と注意点

では、花子さんの不安はどうでしょう? 一番の不安は、太郎さんの気が変わってしまうことです。この不安についても死因贈与契約でカバーすることができます。

死因贈与契約は、「所有権移転請求権の仮登記設定」を行うことが可能です。契約が成立した後、契約書を基に法務局で手続きを行います。この手続きを行うと、不動産登記簿に「今後、条件(太郎さんの死亡)が成立した場合には、花子さんがこの不動産を取得します」ということが記載されるのです。このように仮登記が設定された場合には、太郎さんが自宅を誰かに贈与したり、売却したりすることができなくなります。ただし、登記簿に記載がされるので、この事実を誰でも見ることができてしまうことには注意が必要です。また、遺言とは違い、一方が勝手に契約を取り消すことはできませんし、変更する場合にもお互いの同意が必要になります。万が一、契約成立後に遺言で違う内容を記載したとしても、先に契約が成立している死因贈与契約が有効になります。

デメリットと天秤にかけて検討を

相続問題には様々なケースがあります。ケースによってはその解決手段として、遺言と同じような効力のある死因贈与契約を活用することも検討するべきです。しかし、死因贈与契約は、あまり活用されていません。それは、デメリットも存在するからです。例えば、相続人が不動産を相続する場合、登録免許税は固定資産税評価額の4/1000ですが、死因贈与契約で引き継ぐと20/1000と5倍になります。それに加え、遺言の場合にはかからない、不動産取得税もかかります。このように税金面で負担が大きくなることがあるのです。

現在、相続対策の手法としては、遺言、死因贈与、信託、任意後見、委任など、数多く存在しています。全ての対策を理解することは難しいことですので、自分にとっては何が一番効果的なのか、相続の専門家にご相談することをお勧めいたします。

行政書士:細谷洋貴

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