元ヤクルト上田氏が迎えるプロ野球の“元旦”2月1日 「今の状況は不思議」

昨季限りで現役を引退した上田剛史氏【写真:荒川祐史】

「惜しまれるような成績ではないのに、あれほど惜しんでくれるファンがいた」

プロ野球選手にとって“元旦”ともいえる、キャンプインの2月1日が近づいている。昨年までと全く違う心境でこの日を迎える1人が、昨季限りで14年間の現役生活にピリオドを打った元ヤクルトの上田剛史氏だ。俊足、強肩をセールスポイントに活躍し、チームきってのムードメーカーでもあった。セカンドキャリアを歩み始めた上田氏に聞く3回連載の第1回。

動き出しは早かった。昨年12月初旬に現役引退を決意すると、YouTubeチャンネルを開設。さらに、アパレルブランド「コーラル・クルーザー」から自身がデザインしたパーカー、Tシャツを発売した。その胸には「STARTING OVER」と“再出発”を意味するロゴが躍り、単語の頭文字の「S」と「O」が、上田氏の現役時代の背番号「50」に見えるデザインになっている。今月末にはキャップも発売される。

「コロナ禍がなければ、やりたいことはもっとありました」ともどかしさを抱えている。「現役時代、ファンの方々とはテレビ画面を通してとか、球場である程度距離を取ってのお付き合いしかできなかった。今後は、一緒に食事をするとか、直接的に交流するイベントをたくさんやってみたい」と語る。「まだ構想段階ですが、有料オンラインサロンを作って、会員の方々と一緒に野球チームを結成したり、誕生日を祝ったり、ゴルフをやったりしたい気持ちがあります」と夢は膨らむ。

昨年12月には、学生野球資格回復のための研修会を修了。今年2月から正式に高校、大学生を指導できる見込みだ。「オファーがあれば、どこへでも行きたい。資格を取れれば、プロに1番近いレベルの高校生、大学生を教えることができるので楽しみです」と目を輝かせる。引退を決めた後は、何度か草野球に興じたくらいで、これといってトレーニングは行っていないが、体重は逆に約3キロ減って75キロになった。「筋肉量が落ちたということですかね」と首をひねり、「教える立場になった時、実際にやって見せるシチュエーションもあると思う。せめて、アマチュア選手より動ける体にしておかなければならないと思います」と口元を引き締めた。

10月10日広島戦後にマネージャーから連絡「“無”でした。何も考えることができなかったです」

今でこそ生気を取り戻した上田氏だが、昨秋ヤクルトから戦力外通告を受けた際は、寝耳に水で憔悴した。11月10日夜、本拠地・神宮球場で行われた昨季最終戦の広島戦にも、5回からレフトの守備に就き途中出場。6回に巡ってきた打席は二塁ゴロに倒れたが、8回に放った飛球を相手左翼手が落球し出塁。3-7の4点ビハインドで迎えた9回1死一、二塁では、左腕フランスアの内角低めのツーシームを打ち、二ゴロ併殺で最後の打者となった。結果的に、これがプロ生活最後の打席だった。

試合終了後、マネジャーから「明日、球団事務所へ行ってくれ」と言われ戦慄が走った。翌日、編成担当から戦力外を通告された瞬間は、「“無”でした。何も考えることができなかったです」と打ち明ける。

最終年は代走、守備固めが多かったが、全力疾走、体を投げだしての美技に緩みは一切なかった。また、本塁打を放った味方打者を迎える際には、常にベンチの端の中継カメラに1番近い所に陣取り、カメラ目線でおどけた表情をつくって、テレビの前のファンを笑わせた。その映像は「上田新喜劇」と呼ばれ、SNSを通じて拡散していった。

常にファンの存在を意識する上田氏の気持ちは、多くの人々の心に伝わっていたのだろう。戦力外通告が報じられると、ツイッター上で「#上田剛史の戦力外に抗議します」というハッシュタグ付きの投稿が、自然発生的に広まった。

「惜しまれるような成績ではないのに、あれほど惜しんでくれるファンがいたことに、正直びっくりしました」と振り返る。14年間で通算797試合に出場し、345安打9本塁打109打点75盗塁、打率.236。当初は12月7日の合同トライアウトを受験することも検討したが年齢は32歳。「NPB球団からのオファーはないだろうと、自分でもわかっていました。野球は大好きですが、ズルズル続けるのはちょっと違う気がしました」と引退を決意。ファンからの激励に背中を押された気もしていた。

「戦力外通告を受けて、何も考えられず、どうしたらいいのかわからない中で、ファンの方々のコメントやメッセージが、僕を元気にしてくれました。今後、何らかの形で絶対恩返ししたいです」と言葉に力を込めた。

その上田氏にも、2月1日が近づいている。「例年なら体がバリバリ動いている状態で、これから自主トレの疲れを取り、いざキャンプへと向かう時期。今の状況は、不思議といえば不思議ですね」と述懐する。そして「シーズンが開幕し、去年まで一緒にやっていた選手たちがユニホームを着てプレーし始めたら、もっと思うところがあるでしょうね」と付け加えた。次回は、歓喜と悔恨のプロ生活を振り返る。

【写真】背番号50に見える? 上田氏が手がける自身のアパレルブランド「コーラル・クルーザー」のキャップ写真

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(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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