日本でも本格的に検討開始するカーボンプライシング、押さえておくべきポイントは?

1月18日、菅首相は初の施政方針演説を行いました。演説では、新型コロナウイルス感染拡大の早期収束に向けた方針が示されたほか、幅広い政策分野における政府の姿勢が明示されました。

また、脱炭素化に関する指針についても言及がなされ、2035年までに全ての新車販売を電動車に転換させる政府の方針が明らかとなったほか、カーボンプライシングに取り組む姿勢が示されました。

今回はこのカーボンプライシングのポイントを整理します。


カーボンプライシングとは?

カーボンプライシング(以下、CP)とは、気候変動対策における政策手法の一つです。温室効果ガス(以下、GHG)の排出に対し排出量当たりの価格付けを行い、排出による費用負担を排出主体へ課す仕組みのことです。

この仕組みを導入することによって、排出主体は、費用負担を減らすべく、排出費用を下回るコストの排出削減策を講じるため、GHGの排出削減と同時に低炭素技術への投資を促進する政策効果があるとされています。

代表的なCPの手法としては、主に「炭素税」と「排出枠取引制度」の2つが挙げられます。炭素税は、GHGの排出量に応じ排出主体へ課税する仕組みです。炭素価格は政府が定めた税率で算出されるため企業側にとっては予見性が高いという利点がありますが、排出総量は排出主体の取り組み次第で変動するという特徴があります。

一方、排出枠取引制度は、政府が一定期間における排出総量の上限(キャップ)を設定し、そこから排出枠を各排出主体へ割り当てる仕組みです。排出主体は互いに排出枠を売買することが可能であり、GHG排出量が排出枠を下回る排出主体は余剰分の排出枠を売却することができます。

逆にGHG排出量が排出枠を上回る排出主体は、削減不足分の排出枠を購入することができます。キャップを定める政府が削減量をコントロールできるというメリットがありますが、炭素価格は排出枠取引の需給バランスで変動します。

日本のカーボンプライシングに関する取り組みの状況

実は日本もCPのうち、限定的な炭素税を既に導入しています。日本は、2012年に「地球温暖化対策のための税」という税を創設しており、石炭などの化石燃料に対してCO2排出量1トン当たり289円を石油石炭税の本則税率に上乗せし課税しています。

しかし、現行の税制では脱炭素化を効果的に推進するためには、十分でないとの指摘もあります。OECD(経済協力開発機構)は、OECD加盟国と20カ国・地域(G20)のうち42カ国を対象に2015年時点の「炭素価格差」に関する分析を行いました。

炭素価格差とは、OECDが各国のCPの導入状況を評価するために用いる指標です。GHG排出により引き起こされる気候変動コスト(推計値)に対して各国の有効炭素価格(炭素税に加え排出枠取引やエネルギー課税分を加味した炭素価格)が何%下回っているかを算出したものであり、OECDはこの炭素価格差を縮小するよう各国に提言しています。

この分析によると、炭素価格差が小さい国は欧州が中心であり、日本の炭素価格差はフランスやドイツ等と比べ大きい状況です。欧州連合(EU)と同じ2050年脱炭素化という非常に高い削減目標を日本も掲げた今、CPを通じてEUと同等の費用負担を排出主体へ課すべきかを検討する必要性が高まりつつあります。

自主的にカーボンプライシングを行う企業も

一方、政府によるCPの本格導入を前に、一部の日本企業はインターナルカーボンプライシング(以下、ICP)という脱炭素化の取り組みを既に推進しています。ICPとは、企業が社内における炭素価格を独自に設定し、企業の意思決定にGHG排出コストを組み込むことで、事業活動の低・脱炭素化を図る取り組みのことです。

企業の環境関連の取り組みを評価する英非政府組織(NGO)のCDPが公表した「CDP気候変動レポート 2020」によると、2020年時点においてICPを導入済みの国内企業は100社以上にのぼります。既にICPを通じて事業の低・脱炭素化を進めている企業は、実際に政府がCPを本格的に導入しても、業績への悪影響を抑え、また新たな収益機会を獲得できる可能性があります。

政府は年内に政策方針を取りまとめる見通し

昨年12月21日に菅首相は、経産相、環境相にCPの検討を開始するよう指示しました。その後、政府は同月25日に発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において、CPに関し、「成長戦略に資するものについて、既存制度の強化や対象の拡充、更には新たな制度を含め、躊躇なく取り組む」とし、導入に向けた意欲を示しました。

各種報道等によれば、政府は2月からCPに関する議論を開始し、年内に政策の方向性をまとめる見通しです。ただし、今年11月に第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)の開催を控えていることを踏まえると、それに先立ち、早ければ夏から秋ごろにかけて、ある程度具体的な政策方針が判明する可能性があります。

仮にCPの導入が決定されたとしても、実際に導入されるのは当面先になります。しかし、これから議論の進展とともに制度設計が具体化されていく中で、導入時の企業業績へのインパクトが意識され、株式市場で材料視される可能性もあることから、今後も動向を注視していく必要があると考えます。

<文:エコノミスト 枝村嘉仁>

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