看護師が移動スーパー 第3部 兆し (7)地域に出る

移動スーパーで食料品などを販売する坂本さん。利用する高齢者と会話を重ね、気を配る=2月28日午前、大田原市

 シャッター通りとなって久しい那珂川町の商店街。そこに、軽快な曲を流しながら白い軽トラックが現れた。移動スーパーを運営する合同会社「繋(つな)ごう農村」の販売車だ。

 「菓子パンはあるかい」。商店街近くの一軒家の前に止まると、1人暮らしの高齢女性が姿を見せた。

 「今日はメロンパンとブドウパン。どっちにする」。前掛け姿の坂本朋子(さかもとともこ)さん(45)が笑顔で応じる。

 県北の高齢者宅などを訪れ、食料品を中心に販売する同社。掃除などの「ご用聞き」も行っている。

 菓子パンを購入した女性は91歳。それでもつえをつく歩みがいつもより遅い。「足はどうしたの? むくんでるの?」。そんな様子に、坂本さんが尋ねた。「ベッドから出るときに転んじゃって…」。せきを切ったように女性は話し始めた。

 坂本さんにはパート販売員のほか、もう一つの顔がある。医療施設から地域に出て住民の健康に働き掛ける看護師「コミュニティナース」を名乗る。

 普及に取り組む団体「コミュニティナースカンパニー」によると、育成プロジェクトが2016年から始まり、19年9月現在、全国で163人が修了している。本県では坂本さんだけだ。

 活動の形態は地域の実情やその人に合わせてさまざま。核家族の多い都市部で子育て支援をする人もいれば、気軽に相談できる場を設け健康イベントを開く人もいる。地域おこし協力隊員になる人もいた。

 薬ではなく社会的なつながりを処方することで、より健康で豊かな生活を送る。声を上げられない人を見つけ、支援につなぐ。コミュニティナースの活動は、こうした社会的処方の考え方と重なる。

 病院勤務の看護師だった坂本さん。コミュニティナースになったのは、もともとまちづくりに関心があったことや、その後、薬の治験の臨床研究コーディネーターをした経験からだ。例えば、がんの治験の患者たちは自宅での療養生活に大きな不安を抱えていた。「病院より生活に近いところにいる方が、生活も医療の質も上げられる」。こう考えるようになった。

 病院で待っていては出会えない人と出会いたい。自ら出掛けていく移動スーパーを手法に選んだ。

 活動を始めて4月で1年。「少しずつ、地域とのつながりができてきた」。手応えを感じている。高齢者の交流施設から頼まれ、健康講座を開催。地域の居場所となる拠点づくりも、住民の協力を得て進めている。地域包括支援センターにも理解され、支援を求める高齢者を紹介されるようになった。

 そして何よりも立ち寄り先の高齢者たちが、坂本さんの来訪を楽しみにする。購入品を家の中まで運び、話し込むこともある。

 制度のはざまにいたり、何とか自立しつつも孤立や孤独を感じていたり…。高齢者の話に耳を傾け、こう思う。「家で自分らしく生きられる町をつくりたい。おっせかい焼きの便利屋が補って実現できれば」

© 株式会社下野新聞社