栄養指導 生きがい運ぶ 第3部 兆し (8)支える

潮田さん(左)が作ったチョコレートムースを食べる潤さん。料理には季節感も大切にしている=2月中旬、小山市中久喜

 口元に運ばれた手作りのチョコレートムースをほおばる。2月中旬、バレンタインメニューを試食した小山市中久喜、飯野潤(いいのじゅん)さん(40)は「うまい」と笑顔を見せた。

 潤さんの食事は、ミキサーなどで食材を柔らかくしてとろみを付けている。約17年前、交通事故で脳に重い外傷を負った。食事をのみ込む動作にも障害が残った。

 胃ろうを付け、医師には「口からは食べられない」と言われた。それでも、歯科医師の協力を得ながらリハビリに取り組み、少しずつ口から食事が取れるようになった。

 料理は母親の八重子(やえこ)さん(66)が作った。食べ始めた頃は八重子さんが自分で情報を集め、ミキサーで食材を流動食状態にした。「見た目が悪く、何を食べているか分からないようなものしか作れなかった」と振り返る。

 変化のきっかけは昨年4月。潤さんの中性脂肪の数値が悪化し、かかりつけ診療所のおやま城北クリニックから栄養指導が入ることになった。管理栄養士が月2回自宅を訪れ、八重子さんと一緒に料理を作った。

 食材を細かくしてとろみを付けるだけではなく、形を整え、色にも気を配った。いなりずし、力うどん、煮込みハンバーグ、パンケーキ。単なる流動食ではない。見た目にも華やかな食事が提供できるようになった。

 食べたい物があれば、潤さんの状態を確認しながら料理方法を模索する。「料理のバリエーションが増えたし、楽しみながら食べられる」と八重子さん。栄養状態を改善する以上の意味があった。

 潤さんのように、在宅での暮らしを栄養面から支えるための新たな社会資源が、県内で生まれた。

 昨年9月、日本栄養士会の認定を受け、医療機関などが設立した3件の「認定栄養ケア・ステーション(CS)」。医療機関からの依頼を受けて訪問栄養指導を実施するなど、地域における管理栄養士の活動拠点だ。

 その一つが小山市内の「認定栄養CS ぱくぱく」。おやま城北クリニックなどを運営する医療法人アスムスが設立し、同法人の管理栄養士2人が所属する。

 訪問栄養指導では、利用者を訪れて料理を作りながら指導することが多い。自宅近くにスーパーがない場合、コンビニにある食材でできるメニューを提案するなど、相手の状況に応じて指導方法を変える。潤さんの指導を担当する潮田直子(うしおだなおこ)さん(43)は「自宅に入ることで生活が見える」と話す。

 アスムスの医師太田秀樹(おおたひでき)さん(66)は強調する。「病気を治すだけでなく、人の尊厳や生きがいという観点でも食は非常に重要だ」

 「次は何にしますか」

 栄養指導の帰り際、潮田さんは飯野さん親子と作りたい物を相談する。

 医療から管理栄養士へ。支援の輪が広がり、生活全体が豊かになっていく。

 今の目標は、大好物だった牛タンに挑戦すること。リハビリと調理の工夫次第で、きっと食べられる。そう信じて一歩一歩、前に進んでいる。

 (第3部終わり。この連載は健康と社会的処方取材班が担当しました)

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