JR東日本の「羽田空港アクセス線」2029年度開業 羽田鉄道プロジェクトを考える

羽田空港 写真:たっきー / PIXTA

“「2030年3月、今月から羽田空港の鉄道アクセスが大きく改善されました。JR東日本の「羽田空港アクセス線」が開業。東京駅から羽田空港新駅行きに乗車すると、20分足らずで国内線ターミナルに到着します。羽田経由で日本を訪れる外国人ビジネス・観光客にも、新路線は幅広く利用されます。先輩の京浜急行電鉄や東京モノレール、リムジンバスもそれぞれサービスに磨きを掛け、羽田は〝日本の表玄関〟と呼ぶにふさわしい活気にあふれています……」”

というのは私の空想。路線名や駅名は現時点での仮称ですが、国土交通省が2021年1月20日、「羽田空港アクセス線」のうち空港新駅と東京貨物ターミナルをつなぐ約5kmの新規区間を事業許可し、「2029年度開業」のスケジュールが示されたことで、さまざまな構想が浮沈した羽田空港の鉄道アクセスに一定の方向性が示されました。ここではJRの羽田空港アクセス線のほか、計画が固まっている(いた)「都心直結線」「新空港線」の2つのプロジェクトを取り上げ、アクセス線との比較を試みました。

国際競争力を強化する鉄道プロジェクト

羽田空港アクセス線は、JRの新線という以上の意味を持つようです。事業許可した国交省が目指すのは「国際競争力の強化に資する鉄道プロジェクト」。まずは、羽田鉄道アクセスの現状を再確認しましょう。

羽田には2019年、429万人もの外国人が到着・入国しました。成田、関西に続く国内空港3位で、同じ首都圏の成田空港に比べると時間を争うビジネス客の利用が多いのが特徴です。成田は京成電鉄などの輸送改善で東京都心からの移動時間は短縮されましたが、海外主要都市に比べ、残念ながら「遠くて不便」の印象を持たれがち。国は羽田を再国際空港化した2010年以降、アクセス強化を主要な政策課題に位置付けてきました。

羽田の鉄道アクセスは、京急と東京モノレールが受け持ちます。京急は品川や横浜、モノレールは浜松町と直結しますが、東京(丸の内・大手町)、新宿、渋谷といった都心へは乗り換えが必要。これを改善しようというのが、プロジェクトの趣旨です。

消えた!? 「都心直結線」

都心直結線の路線イメージ。新東京―泉岳寺間は山手線の内側を走ります。画像は国交省の交通政策審議会資料から

羽田鉄道アクセスで、最初に浮上したのは「都心直結線」。図でご覧の通り、都営地下鉄浅草線の別線です。泉岳寺から京急に乗り入れて、羽田に向かいます。浅草線区間を別線にしたのは速達化と東京駅乗り入れのためで、「新東京」(もちろん仮称です)はJR東京駅丸の内側に造る地下新駅。東京駅乗り入れは新幹線からの乗り継ぎを便利にするためで、構想が浮上した当時、リニア中央新幹線も東京側の始発駅がはっきりしていませんでした。

都心直結線は羽田のほか京成線乗り入れで成田空港にも直行しますが、東京―成田空港間にはJR東日本の「成田エクスプレス」があるので必要性は限定的かも。羽田、成田の両空港の直結に関しては、ある鉄道関係者に「両空港間を行き来する人はそれほど多くない」とも聞いたことがあります。

新東京駅が丸の内側というのも、新幹線駅が八重洲側という東京駅の構造を考えると、移動に10~20分程度は掛かりそう。「それなら八重洲口を発着する、空港リムジンバスの方が便利」と考える人も多そうです。

都心直結線のデータを挙げれば、延長約11kmで、需要見通しは年間8000万人程度。完成すると、平均27~36分掛かる東京―羽田空港間は18~19分、同じく55分程度必要な東京駅―成田空港間は36分に短縮されます。

今回、JR東日本の羽田空港アクセス線が事業許可を受けたことで、実現可能性はほぼ消滅した都心直結線ですが、追い越しできない地下鉄区間を別線で短絡。新幹線と羽田、成田の両空港をつなぐ鉄道新線の計画があった点は記憶しておいていいでしょう。

都営地下鉄の新鋭5500系電車。都心直結線が実現すれば新東京駅に乗り入れていた……かもです。 写真:tarousite / PIXTA

JR東日本 羽田アクセスに名乗り上げる

羽田空港アクセス線の路線イメージ。東山手ルート以外に西山手、臨海部の両ルートも示されています。画像は国交省の交通政策審議会資料から

2010年代前半は羽田鉄道アクセスの一番手だった都心直結線ですが、2015年ごろから情報をほとんど見掛けなくなります。というのは、JR東日本の羽田空港アクセス線構想が浮上したから。会社としての正式発表はなかったものの、国の交通政策審議会への提出資料を記者クラブに配布したことで、多くのマスコミが取り上げ一気に広まりました。

ルートは図の通りで、羽田からの新路線は途中で3本に枝分かれします。JR東日本は羽田空港新駅―東京貨物ターミナル(東タ)間を「アクセス新線」、枝分かれ後の3本を西側から「西山手ルート」「東山手ルート」「臨海部ルート」と呼びます。3ルートのうち、どれを先行させるのかも注目でしたが今回、東山手ルートが許可を受け、東京駅と羽田を直結させる方針が明確になりました。

事業許可を受けたアクセス新線区間にはトンネルを建設。羽田側は国内線ターミナル地下に新駅を造り、途中駅は設けません。東タ以北田町までは東海道貨物線、田町―浜松町間は大汐短絡線(東海道貨物線で現在は休止中)を経由します。

改良区間を含めた総費用は約3000億円。JR東日本は、東京駅から羽田空港までの所要時間を約18分と試算します。浜松町以北は上野東京ラインと同じルートで東北、高崎、常磐の各線方面に接続します。実際の列車では、高崎、宇都宮、水戸の各駅発羽田空港行きなどが考えられます。

成田空港アクセスとして定着する「成田エクスプレス」(N’EX)。羽田空港アクセス線にJR東日本はどんな車両を走らせるのか。まだ相当先ですが、開業が迫ればファンは興味津々でしょう。 写真:ひろ / PIXTA

日本記者クラブで国内外の記者に発表

ここで余談ですが、JR東日本の深澤祐二社長は、事業許可の前段に当たる「羽田空港アクセス線の環境影響評価手続きに着手」を、2019年2月に日本記者クラブでの会見で国内外のプレス向けに発表しました。記者経験で言えば、日本記者クラブでの会見は一般には会社紹介や全般的な事業方針を説明しますが、深澤社長はニュースになりそうな事柄を発表しました。

JR東日本は海外で製品が発売される自動車や家電メーカーと違い、事業エリアがほぼ日本国内に限定されます。ここから想像ですが、同社は一定の戦略を持って、羽田アクセスを通常の社長会見でなく日本記者クラブで発表したのでしょう。JR東日本は海外投資家からも高い評価を得ていますが、海外マスコミを意識した発表方法に、私は広報戦略の巧みさを感じます。

東急が線路幅の異なる京急に乗り入れ!?

新空港線の路線イメージ。国交省の資料には「矢口渡から京急蒲田までの事業計画の検討が進んでいる」と記されています。 画像は国交省の交通政策審議会資料から

羽田空港の鉄道アクセスには、「新空港線の新設」もあります。通称「蒲蒲線」で、東急蒲田と京急蒲田からのごろ合わせ。2000年ごろから構想が出ている、東急多摩川線を蒲田から延伸して京急空港線に乗り入れるプロジェクトで、地元の大田区が中心になって旗を振ってきました。

ルートは図の通りで、東急東横線から多摩川線に直通運転。矢口渡から地下に入り、JR東海道線をくぐって京急蒲田か大鳥居から空港線に乗り入れます。蒲田駅東側には大田区役所がありますが、庁舎地下には鉄道トンネルのスペースが確保済みという〝都市伝説〟もあります。

最大の課題は、京急が1435mmの標準軌、東急が1067mmの狭軌と線路幅が違う点。実現には、京急の3線軌条化または車輪幅を変えられるフリーゲージトレインの技術開発が必要で、相当なハードルがあります。

新空港線は東京メトロ副都心線経由で東武東上線や西武池袋線から空港方面への直行ルートになりますが、JR東日本の羽田空港アクセス線が整備されれば、ある程度代用できそうな気もします。

羽田空港の鉄道アクセスにはもう一つ、「京急空港線羽田空港国内線ターミナル引上線の新設」プロジェクトもありますが、紙数が尽きたため紹介は別の機会に。さらに、JR東日本が今回許可を受けた東山手以外の西山手、臨海部の両ルートを整備するのか、東山手一本に絞るのかも興味深い点です。

現在は〝東急のローカル線〟的な多摩川線ですが、仮に新空港線が実現すれば一気に脚光を浴びるでしょう。写真は多摩川線を走る新7000系電車。 写真:しんいちK / PIXTA

文:上里夏生

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