受験会場で鼻出しマスクより優先すべき対策は? 避けたい科学とコンプライアンスの混同

By 西澤真理子

大学入学共通テストの1日目を終え、会場を出る受験生=1月16日夜、東京都文京区の東大

 コロナ下の受験シーズン、マスクのつけ方に混乱が生じている。1月16日に実施された大学入学共通テストでは、試験中に鼻を覆わずマスクを着け、6回に及ぶ注意に従わなかった受験生が失格になった。鼻出しマスクのリスクはどれぐらい大きいのか。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽感染は口が大きい

 鼻出しマスクのリスクの話の前に、この1年で分かってきたエビデンスを基に新型コロナウイルスの感染経路を整理しよう。

 まずは飛沫(ひまつ)感染と接触・媒介物感染について。政府の新型コロナウイルス感染症対策専門分科会の尾身茂会長によると、大きな感染の源はお酒を伴う飲食だという。

 お酒が入ると声が大きくなり相手に飛沫をかけがちとなる。これが「飛沫感染」につながる。

 食べ物がテーブルに長時間出されていることで、酒を飲みながらの会話中に食べ物や食器、テーブルなどに飛沫がかかり、媒介物を通した感染が起きる。これが接触・媒介物感染となる。

 マスクを外す食事の現場では感染コントロールは難しい。逆に、マスクをすればこれら2パターンの感染は抑えられる。

 感染経路はさらに2つある。「キス感染」と「エアロゾル感染」だ。

 キス感染は唾液の交換で生じる。ゆえに「キスはパートナーとだけね」「ディープキスは避けてね」などと、筆者らが主宰する「夜の街応援プロジェクト」では伝えてきた。ホストクラブなどの「夜の街」や若い人の陽性率が高いのには、ここにも大きな理由があるとみられる。

 エアロゾル感染は、2メートルしか飛ばない飛沫から水分を除いた、ごく小さい5マイクロミリ未満の小さい粒子となったものによる感染をいう。最大で1時間、空気中を浮遊する。

 飛沫とエアロゾルの大きさの違いを考えると、飛沫はエアロゾルの10億倍の体積があり、大量のウイルスが存在する。言い換えれば、リスクは飛沫の方が圧倒的に高く、エアロゾルはそれに比べリスクが低い。

 エアロゾル対策には空気の流れを作り、粒子を流す適度な換気が大切だ。特に冬場は寒いので換気が不十分になることがある。ただ、寒い中、窓や入り口を開けっ放しにするような過剰換気では体が冷え切ってしまい体調不良のリスクを呼び込む。またエアロゾル対策への加湿器の利用には賛否両論あることも知っておきたい。空気清浄機をサーキュレーターのように使うことはよいが、本来の「空気清浄」の機能をさほど期待するべきではない。エアルゾルはごく小さいため、フィルターで捕獲できるようにするには、よほど細かいフィルターが必要だ。

 まとめると、公共の場での新型コロナウイルスのリスクを下げるためには、飛沫感染と接触・媒介物感染対策、言い換えれば、口からの飛沫を防ぐマスク着用と手洗いかアルコール消毒が感染症予防の基本となる。

鼻出しマスク=2021年1月、大阪市

 ▽リスクの低い「鼻出しマスク」

 リスク対応の鍵は、リスクがあるかないか、ではなく、リスクは高いか低いかを考えることだ。リスクは不確実性のことを指し、望ましくない事象が起きる程度や「度合い」を意味する。科学的にリスクゼロはない。リスクゼロは幻想である。リスクゼロを目指すということは、全く何も行動をしないことを指す。例えば、車にひかれるから、側溝に落ちるからと外に出ないなど、極端な行為につながる。あるリスク行為を避けることが別のリスク、例を挙げたら、高齢者が過度に外出を避けたり散歩に行かないことで外で筋肉の衰えを呼び込むこともある。

 さて、話を戻して、鼻を出すことのリスクはどの程度なのか。マスクの正確な着用方法は、口と鼻を覆うというものだ。確かに鼻出しマスクにも「リスク」はある。だが鼻からのリスクを下げることに注力することには、専門家からも異論が出ている。

 「仮定の話とするが、鼻を出した人が無症状の陽性者だったとしても、会話や咳など飛沫を出す症状がなければ他人に感染させるリスクは高いとは言えない。鼻を出しただけで『迷惑行為』とみる風潮が広がる懸念があり、受験生に混乱を与えない検討が必要ではないか」

 感染症対策に詳しい国際医療福祉大学教授の和田耕治氏は筆者のメール取材にこう回答した。

 筆者とともに夜の街応援プロジェクトで感染症予防のレッスンを行っている感染症予防医の岩室紳也氏は「鼻を覆うことで余計に鼻からエアロゾルを出す」と指摘する。鼻を覆うとメガネがくもってしまうのはこのエアロゾルが増えていることに起因する。

 各地の受験会場では、感染対策でさまざまな工夫がされている。が、感染症の専門家の意見を聞くにつけ、感染対策は以下の基本を守れば十分ではないかと考える。

① 口からの飛沫を予防するマスク着用

② 受験生同士の間の間隔を一定に開ける(ソーシャルディスタンス

③ 席に着く前の手洗いもしくはアルコール消毒

④ 窓を大きく開放するのではなく、機械換気を用いて空気の流れを作る適度な換気対策

 これらの対策を正確に行えば、無症状の陽性者がいたとしても、二次感染は起きにくいのではないだろうか。

 筆記試験会場では受験生は前を向いて座っている。飛沫はまっすぐ飛び2メートルで落ちるから、「例え」誰かがマスクなしでくしゃみをしても、飛沫は他の生徒の後頭部や背中、前の席の机や椅子に着く。そこに触れた手を口に入れなければよい話でもある。受験会場の写真を見ると、受験生が交互に座り、直前の席は空席の場合が多く、さほど過敏になる必要はないだろう。

大学入学共通テストの会場=16日、東京都文京区

 ▽過剰なコンプライアンス対応は受験生に不安を呼び起こす

 政府は正しいマスクの着用の仕方として「鼻と口両方を確実に覆う」と啓発し、今回の騒ぎでも文科省は「適切な対応」と見解を出している。しかし、スポーツジムや劇場で鼻までのマスク着用を要請している係員にその根拠を聞くと、多くが「よく分かりません」「そう言われていますので」と答える。感染経路の理解がなされないままに、決められたルールに従っている印象がある。

 科学的にさほどリスクが高くない行為に厳格なルールを適用するより、有効性が明らかな対策に注力した方が効果は上がる。リスク管理の要諦は、小さなリスクをより小さくすることにはコストがかかるため、大きなリスクに注力してそのリスクを下げることだ。

 受験会場では、鼻出しマスクを厳重に取り締まるより先にやるべきことがあるだろう。

先述した基本の対策に加え、

① 飛沫が落ちる床に荷物を置かせない

② 食事の際には手指消毒を徹底し、携帯を触りながらの食事に気をつける

この2点を啓発することで、リスクは低く保てるのではないか。

 さらに考えるならもう一点。感染症医である矢野邦夫氏は、ぬれた手に注意する必要があるとしている。濡れた手がウイルスを伝播させるそうだ。「トイレの手指乾燥機を使用不可とする店も多いが、それなら使い捨てのペーパータオルを準備すべきだ。ハンカチはバッグやポケットに入れている時点で清潔とは言いきれない。むやみな乾燥機の停止は感染対策上マイナスだ」と東京新聞のインタビュー(2020年7月30日https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/34367/)に答えている。

 受験会場の手洗いに使い捨てペーパータオルを設置することも検討に値するだろう。

 今回の失格騒動は、会場での指示に従わなかった問題(コンプライアンス違反)と、鼻出しマスクのリスク(感染症リスク)が混同されている。コンプライアンス違反を推奨する訳ではないが、ただでさえ緊張する入試。コロナ下で不安を抱える受験生に過度な心理的負担をかけないよう、より実効性のある対策と、温かい目で見守ることが必要ではないだろうか。

※感染経路別対策は「夜の街応援!プロジェクト:感染予防レッスン」のホームページで無料ダウンロードできる。URL 「夜プロ」 – ~ Cheering the night district, save the community. Actions by night districts supporters. (https://yorunomachiouen.wordpress.com/)

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