<書評>『沖縄返還と東アジア冷戦体制 琉球/沖縄の帰属・基地問題の変容』 韓国・台湾からの視線ひもとく

 本書は、米国に自らの安全保障を委ねてきた韓国と台湾と、日米間で展開した沖縄の施政権返還交渉との関わりを叙述した歴史書である。
 本書の対象は、日本が米国に対し沖縄を提供したサンフランシスコ平和条約(1952年4月)から始まる。50年代の反共国家の地域安保構想の中で独自の地位を沖縄に与える韓国、台湾の外交、60年代の日韓正常化とベトナム派兵をめぐる日米韓関係を扱う。70年前後のベトナム戦争後のアジアからの後退の一環としての韓国から米軍削減とそれに対応した日本の防衛力増強構想、米中の国交正常化に伴う台湾や韓国の動揺などに言及する。
 なぜ周辺諸国と沖縄とが結びつくのか。何よりも、米国が沖縄の基地を通じて、朝鮮半島や台湾海峡、ベトナムを軸としてインドシナ半島への軍事的な展開に照準を合わせてきたからである。とりわけ、米国の領土でない沖縄に基地を置き、その使用の自由が、日本によって保証されていたからである。冷戦の分断国家四つのうち、ベトナムを含めた三つがアジアに生まれ落ちた。だからこそ、韓国と台湾は米軍のアジアでの橋頭堡(ほ)・沖縄へ関心を抱き続けた。
 本書のように沖縄の米軍の任務に着目すれば、日米の2国間関係ではなく、朝鮮半島と台湾海峡を視野に入れた研究を目指すのが当然の帰結である。本書は1990年代から2010年代にかけて公開されてきた沖縄返還関連の日米の公文書記録とそれに基づく研究に恵まれた。加えて、韓国や台湾で公開されたそれぞれの公文書記録を駆使した点で、これまでの研究からの飛躍を見せる。
 叙述は平易で分かりやすく、著者の真摯(しんし)な姿勢が現れている。韓国や台湾が日米の返還交渉にどの程度の影響を持ったのだろうか。本書で積極的に言及した沖縄内部の動きと、韓国と台湾の沖縄に対する関心との間にギャップがあるのは、なぜだろうか。それらの評価が気になる。これから注目される研究者の一人である。
 (我部政明・沖縄対外問題研究会代表)
 なりた・ちひろ 1987年兵庫県出身。京都大学大学院文学研究科現代史学専修博士後期課程修了。現在、日本学術振興会特別研究員。吉澤文寿編著「歴史認識から見た戦後日韓関係―『1965年体制』の歴史学・政治学的考察」などに寄稿。

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