「手打ち」などない… 都民ファースト勝利で 千代田区長選が鳴らす 東京都議選の号砲 ジャーナリスト鈴木哲夫の都政ウォッチ

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「二人が手打ちした」

千代田区長選挙を前にこんな情報がさもありなんとばかりに流れた。二人とは小池百合子東京都知事とかつて都議会自民党のドンと呼ばれた内田茂元都議。

今回の区長選挙は、前区長がマンション優先購入疑惑で再出馬を断念。その結果、都議会第一党で小池知事与党会派の都民ファースト(以下都ファ)から同区選出都議の樋口高顕氏(38)が手を挙げ、これに対して都ファの天敵の自民党からは前区長を区議会で追及してきた自民党の早尾恭一元区議(59)も立候補した。一見都ファvs自民の対決構図になった。

ところが、千代田区はここに複雑な事情が重なってくる。

5年前、小池氏が都知事選で自民党都政を悪とし、ドン・内田氏を「ブラックボックスの象徴」とターゲットにした。小池氏は知事選に勝利したあと続く都議選でも都ファを率いて大勝利を収めた。内田氏は引退に追い込まれた。その内田氏の地元は千代田区。本来なら小池知事が推す樋口氏と自民党候補の早尾氏には内田氏がバックについて、激しく全面対決するはずである。にもかかわらず、この二人が手打ちしたというのだ。

自民党都連幹部によると、確かに内田氏は早尾氏の推薦決定には首を縦に振らず消極的だったという。

さらには告示後に「区内の団体代表ら数人に電話して樋口支持を頼んだ」(千代田区議)、「維新国会議員に電話して、なぜ樋口をやらないのかと迫った」(維新関係者)などの話も出回った。

ある千代田区議はこう解説した。

「内田氏は小池氏に追いやられ引退を余儀なくされたから恨みはあるが、今年の夏の都議選に、娘婿で千代田区議の直之氏を出馬させて何としても当選させたい。そのためには、いま現職の都ファの樋口氏が区長選に出て当選すれば、その代わりに都議選に都ファが候補を出さず直之氏が当選するというのです。そのためには内田氏が区長選で樋口氏を応援し当選させる。小池氏と内田氏が手を結んでそうしたシナリオを描いたという情報が早くから流れました」

しかし、果たして「手打ち」は本当なのか。

内田氏に近い千代田区の財界関係者は「内田氏の一連の行動はあくまでも個人的な理由で小池氏と関係ない」と断言してこう話した。

「そもそも早尾氏は同じ千代田区が地盤の故与謝野馨議員の直系ですが、内田氏は与謝野氏と何かと対立してきたこともあってその流れを汲む早尾氏を認めないということです。周辺にも、『小池がどうとか俺の娘婿がどうとかじゃない。あいつ(早尾)は区議会の実績も何もない』と話していました。つまり、これは自民党内の内輪モメです」

それでも「手打ち」が定説のように広がり続けたのは、自民党都連がその噂を放置し続けたからではないか。意図的かもしれない。なぜなら、「手打ち」説によって内田氏を内部の混乱の要因に仕立て、都連はちゃんとやってきたと見せることができる。さらに小池氏にも打撃を与えることができる。内田氏と手を握ったと見られれば自民党と対決姿勢を望んでいた多くの小池支持者が見放し離れて行く。「手打ち」は自民党都連にとっては一石二鳥の効果があるということになる。

一方小池知事サイドだが、こちらも内田氏との関係についてはきっぱり否定した。

側近の一人が言う。

「小池知事は、区長選のかなり前から樋口氏擁立を決め、サプライズなどと言われた応援入りもじつは事前から練っていました。対決姿勢でやってきていて、内田氏から相談など一切来ていません。内田氏がどこどこに電話をかけて樋口支持を頼んだとかいう話も入ってきていましたが、それは内田氏と旧与謝野系の対立でしょう。樋口を支持してくれではなく、早尾をやるなということじゃないか。うち(小池知事)はスイッチが入ってずっとガチ対決でしたから」

 このように取材検証して行くと、小池・内田両氏の間で手を握ったとは考えられない。

それにしても、今回の区長選だけでなく、このところ都政の政局で小池知事と自民党が歩み寄っているとの解説が散見される。

しかし、実相は違うと私は思う。

例えば昨夏の都知事選。新型コロナ禍もあって小池知事は裏で自民党に協力を求めて頭を下げ自民党も候補擁立を見送ったと報道された。だが、「どれだけ世論調査をやっても小池に勝てない。(候補を)立てて負けるよりコロナ対策を理由に不戦敗のほうがいい」(当時の都連幹部)という自民党の作戦だ。

これまでもう25年以上都議会自民党を取材してきて、私は「もはや自民党本体とは別の生き物」だと称している。そのしたたかさ、柔軟性や現実対応。あらゆる手法を駆使して中央の自民党とは一線を画す。

例を挙げればキリがない。95年に都市博中止を掲げて当選した青島幸男知事については、都庁幹部らを取り込んで一期で退陣に追い込んだ。石原慎太郎都知事に対して当初は全面対決姿勢ながら、その後石原人気を利用すべく方向転換。石原氏側近らを分断し、自民党議員の子息らを人質に掌に乗せた。最近では舛添要一知事に退陣のレールを敷いたのも都議会自民党だ。

いま都議会自民党の本音は「前回都議選で小池知事日いる都ファに惨敗し、第三会派にまで転落した。リベンジは絶対に果たす。どんな手を使っても勝つ」(ベテラン自民党都議)ことである。そんな都議会自民党が、今後小池知事と協調路線を取り、たとえば都議選で選挙区の候補者調整や住み分けなどするはずがない。協調路線を取るというならそれは見せかけで、小池氏に隙を作り主導権を握る何かしらの戦略だろう。

都連は菅義偉首相とも密接な関係だ。菅・小池間のケミストリーもまったく合わず、それは新型コロナ対応で双方がやり合ってきたのを見れば明らかだ。都連は菅首相の全面的な支援をバックに、小池都政と都ファをターゲットにした戦略を都議選前に打ち立てると思われる。

一方の小池知事。ある側近は言う。

「去年あたりから都連が都職員などを介して知事を取り込もうとして来ていた。しかし、去年秋辺りからそれに知事も気づいて逆にスイッチが入った。知事は自民党の二階俊博幹事長と話は通じているが菅首相とはダメ。新型コロナでも東京イジメがすごくて、表に出ていない国からの締め付けが何度もあった。それでますます知事は戦闘モードに入っている。都議会は都ファと公明党で回して行くつもり。都議選も、公明党に気遣いながら都ファ全面応援。苦しい戦いになるなら、再び限定的に都ファ代表に就くなどというウルトラCもあるかもしれない」

都議選は6月25日告示、7月4日投開票だ。単なる地方選挙ではない。過去何度も中央の政局に直結してきた。

2001年春、その年の夏の都議選を前に自民党都議たちは、支持率が一桁にまで落ちた当時の森喜朗首相の交代を求めた。何と自民党大会会場で鉢巻きを締め、全国の議員や党員にビラを配った。これが契機になり総裁選が前倒しされ小泉純一郎政権が発足した。2009年の都議選は、当時中央では麻生太郎政権が迷走し、無党派が日本一多い東京の都議選では民主党などが躍進、自民党は惨敗し、その直後に政権交代につながった。

今年はどうか。

菅政権の支持率が低迷し、そこへオリンピックの開催可否など不確定要素も重なって解散のタイミングすら菅首相ははかれない。総選挙が自民党に逆風になるのか、または新型コロナも改善に向かい政権に追い風になるのかまったく予期できない。

「そんな総選挙と相前後する都議選は良くも悪くも国政の影響を受ける。ならば、振り回されないように独自に徹底的に戦う姿勢を構えるしかない。小池知事に下手な根回しなどせず対決姿勢を作るしかない」(前出自民党ベテラン都議)

「都ファが第一会派でなければ小池知事は都政をやって行けるはずはない。4年間支えてきた仲間を見限るというのか。そんなことは知事も分かっている。自民党と対決姿勢を鮮明にするしかない」(都ファ幹部)

今回千代田区長選は、小池都知事が全面応援に入った樋口氏が早尾氏を突き放した。

この千代田選挙区で勢いづいた都ファは、今夏の都議選に内田氏の娘婿が出ようが出まいが候補を擁立するだろう。樋口氏が占めていた議席を守るのは当然だからだ。一方、自民党都連のショックと悔しさは相当なものだ。崖っぷちの再リベンジでまなじりを決することになる。

そもそも「手打ち」などあり得なかったのだ。千代田区長選挙はまさに「小池知事・都ファvs都議会自民党」の激突、都議選への号砲だ。(了)

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