フランス人夫には理解できない?日本家庭の教育支出がフランスの4倍にも上るワケ

ある日、フランスのエリート養成学校であるグランゼコール出身の夫を持つ日本人妻の友人が、嘆きながら私に打ち明けたことがありました。

「パリの日本人幼稚園の授業料を、夫が理解しない。夫は『自分はフランスで最高の教育をタダで受けてきた。折り紙や塗り絵のために、なぜ高額な授業料を払うのか』と」

なぜフランス家庭における教育費の負担は、低く抑えられているのでしょうか。その理由を紐解いてみます。


年間の子どもの教育支出はたった10万円弱!

確かに、フランスにおける家庭の教育支出を調べてみると、日本より低く抑えられています。フランスの家庭での教育支出は、1年間に子供1人に対し幼稚園児の場合は520ユーロ(約6万6,000円)、小学生は600ユーロ(約7万6,000円)、中学生は890ユーロ(約11万3,000円)、高校生は1,120ユーロ(約14万3,000円)、職業学校生は1,250ユーロ(約16万円)です。

平均すると760ユーロ(10万円弱)。このデータは、仏教育省が公表した2014〜15年度の調査結果で、公立と私立のケースを分けずに行われました。

一方で、日本は公立の場合でも幼稚園22万3,647円、小学校32万1,281円、中学校48万8,397円、高校45万7,380円かかります(文部科学省が公表した2018年「子供の学習費調査の結果」より)。フランスと比べて4倍ほど多いことが分かります。

大学になるとさらにその差は大きく、日本の国立大学の授業料は年間535,800円。フランスの一般的な大学は170ユーロ(約22,000円)で、受験料も入学金もないため、単純に授業料だけを比較しても、日本はフランスの24倍です。

カギは「学校教育費」と「学校外活動費」

日仏共に、義務教育は中学校まで。授業料は無償です。しかし日本の家庭が負担する教育支出が、フランスの約4倍のとなる要因は、「学校教育費」と「学校外活動費」にあります。先の「子供の学習費調査の結果」を見ると、日本の保護者が負担した学習費総額の大部分が、学校教育費と学校外活動費であることがわかります。

学校教育費の内わけは、図書・学用品・実習材料費、学校納付金、通学関係費、修学旅行・遠足など。学校外活動費は、塾や家庭教師、習い事などの費用です。

一方でフランスにおいては、学習日の負担割合の大部分は給食費と寮費・学童保育費です。授業料は、私立学校に通う子供の場合でも、学習費の総額のわずか20%。日本は、給食費が学習費総額の1割程度の割合ということを考えると、フランスの家庭がほとんど負担していない学校教育費と学校外活動費を、日本の家庭は支払っているということになります。

教育はフランス最大の国家予算

なぜ日仏でこのような支出内容の違いが起きるのかというと、フランスでは家庭における「学校教育費」と「学校外活動費」の負担を減らすため、国家予算の多くを教育に当てているから。2020年度の仏国民教育省の予算は、前年と比較して10億ユーロの527億ユーロ(約6兆7,000億円)増え、教育はフランス最大の国家予算を獲得しました。

フランスでは9月の新学年度準備に経済的支援が必要な家庭には「新学年手当」が給付される

日本の財政予算の内わけは、財務省が公表する「2020年当初予算」のグラフによると「文教及び科学振興」は総額の5.4%です。「令和3年度(2021年度)一般会計概算要求・要望」で省庁ごとの配分を見てみると、新型コロナウイルス対策費が大きく膨らんだこともありますが、最も多くの予算を獲得しているのは厚生労働省(32.9兆円)、次に総務省(16.7兆円)、国土交通省(6兆円)、防衛省(5兆円)と続き、文部科学省は5番目でした。

このように、日本における教育の公的支出はあまり多くはなく、OECD経済協力開発機構が行った2017年の調査結果を見ても、初等教育から高等教育までの公財政支出はGDPの4%。この比率は、OECDの平均を下回っています。

教育の公的支出が比較的少なく、家計に頼る傾向が高いこと、つまり子育てや教育にお金がかかりすぎることは、少子化をまねく原因の一つにもなっています。

教育を万人に無償で開くことは社会の基本

フランスの国による教育への援助は、EU内の隣国と比べても魅力的に映るようです。中学生と高校生の2人子供を持つ親であり、JDD誌で記者を務めるベルトラン・グレコ氏はこう語ります。

「私の友人に、ドイツ人とイタリア人の夫婦がいる。彼らはドイツに暮らしていたが、子供を持つ段になってフランスに移住した。フランスの教育は無償であるばかりでなく、託児施設や学童保育の充実度など、教育をめぐるあらゆる環境がヨーロッパ諸国の中でも恵まれているからだ」(グレコ氏)

筆者もまた、大学生と大学院生の2人の子供を持つ親です。託児所から始まって、フランスの教育制度を体験してきました。その中で、家計負担に頼らない教育制度の充実に、民主主義の基本を感じました。グレコ氏は言います。

「フランス人であれば誰でも、19世紀の政治家ジュール・フェリーが、初等教育の義務化と無償化を実現したことを知っている。教育は、全ての人に開かれ、かつ無償である。これはフランス社会の基本だ」(グレコ氏)

飛び級制度で、学校以外の教育支出が減る

フランスでは、小学校から「飛び級」と「留年」の制度があるため、子供に合わせて学習速度を変えられます。習熟が早い子供はどんどん飛び級し伸びて行けますし、反対にゆっくり学ぶ子供は、もう1年じっくり勉強することが可能です。

地域の公立校に子供を入れさえすれば、保護者の収入とは無関係に子供の学習速度に合った教育を与えられる。つまり、勉強が得意な子供に合わせて私立への進学を考えたり、授業をカバーするため学習塾に通わせたりする必要が少なくなるということです。このため、「学校外活動費」がかからないのです。

親にとっては安心を得られます。子供にとっても、親の経済状況とは無関係に進路を決められ、自由と自立を獲得できます。

飛び級、留年のデメリットも

当然のこととして、「飛び級」と「留年」の弊害もあります。一般的に言われるのは、特に飛び級をした子供の年齢差が、クラスメイトとの友達付き合いに与える影響です。

幼稚園から高校まで11カ国の生徒が集う、パリ郊外にあるリセ・アンテルナショナルの幼稚園教員によると、「児童が学ぶことは読み書き算盤だけではなく、友達との交流の中で人間形成がされることを無視してはならない。幼い児童にとって1歳の差は精神的・身体的に非常に大きい。本人に膨大な努力を強いる危険性があることを、保護者や教員は理解するべきだ」と意見を述べます。

「学校教育費」の負担少ないしわ寄せも

フランスは、学校教育費の負担を家庭に頼らない仕組みとなっていますが、良い面ばかりではありません。

例えば日本の小学校は、図工などの授業で銅版画や切り絵など特別な道具と材料を使った工作を体験します。ところがフランスの小学生は、家庭の不用品を持ち寄ってみんなで分け、それを材料に工作をします。

美術大学に通うマリオンさんは「ダンボールで作品を作るアーティストは確かに存在するが、予備知識も経験もない子供がゼロから面白い制作をするとこは難しい。この点では日本の教育をうらやましく思う」と感想を語ってくれました。

お金をかけないと良い教育が受けられない?

教育費負担を家庭に求めないフランス。より充実させるために支出が多くなってしまう日本。それぞれに長所と短所はありますが、教育費が子育ての障害になったり、子供の自由と自立を阻む原因になったりしては問題です。

無償の理想を掲げた日本の義務教育ではありますが、今や進学塾へ通うこと、一貫教育の私立校に入学すること、つまり無償であるはずの義務教育や公立校の不足を家庭が補うことが、より優れた教育のために必然という認識が定着してはいないでしょうか。

フランスの教育制度は、諸問題を抱えつつも、「教育は万人に無償で開かれるべきだ」という大義名分をなんとか維持しています。日本でも、子育て世代のため、そして子供自身の自立のために、社会基盤としてのさらなる教育制度の充実が求められていると感じています。

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