『高瀬庄左衛門御留書』砂原浩太朗著 研ぎ澄まされた語りに万感を読み取る

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 抑制された筆運びで心の機微を描き出す。人生の不如意、淡い恋情、謀略と、それぞれに相対した主人公の誠実さが胸に染みる。これまで時代小説に手が伸びなかった人にもお薦めだ。

 高瀬庄左衛門は神山藩で農村を回る郡方(こおりかた)を務めている。先年、妻は病で亡くなり、一人息子は同じ郡方のお役目の途中、崖から落ちて命を落とした。齢五十を前に一人になった庄左衛門の身体に日々の仕事はこたえる。慰めは我流で身に付けた絵を描くことだった。幾つもの悔いとともに人生の夕暮れに差し掛かった庄左衛門だが、周囲に不穏な動きが兆してくる。藩に政争が起ころうとしていた。

 この長編を通して人物の語りが簡潔であることは、とりわけ味わい深い。短い言葉で感情を抑え、わずかなことしか声にならないのはなぜか。探りながら読むうち、言い尽くせない万感が凝縮されていることに思い至った。

 悲しみや悔しさ、相手を思う熱さ、温かさが濃密に溶け込んでいる。そう読み取れるのは、心奥を補って十分な著者の筆致のおかげだろう。大切な人との別れ際でも、未練や言い訳はない。「……おすこやかで」「はい――あなたさまも」。研ぎ澄まされた言葉だからこそ緊張感がみなぎる。

 亡き息子の妻、神山藩きっての秀才、夜鳴きそばの屋台を引く男ら、登場人物の個性と屈託も物語を引き締める。架空の小藩を舞台にする本書は著者の2作目である。

 山本周五郎、藤沢周平といった先達が残した名品の数々に連なる風合いを本作に感じる読者もいるだろう。言葉遣いや振る舞いは違っていても、わが身を重ねてみたい人間が生きている。

(講談社 1700円+税)=杉本新

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