「動物福祉」問われる日本の姿勢 浮き彫りになった世界とのギャップ

「動物福祉」に配慮して飼育されているニワトリ=2020年8月、山梨県甲斐市

 吉川貴盛元農相が、大臣在任中に鶏卵生産大手「アキタフーズ」グループの元代表から現金を受け取ったとして収賄罪で在宅起訴された。政界汚職として注目を集めた事件の報道で欠けていた視点がある。日本の採卵鶏の飼育が、国際標準から大きくかけ離れている実態である。この観点での報道が少なかったのは残念だ。(文明論考家、元駐バチカン大使=上野景文)

 報道によると、吉川元農相は、鶏卵業界に便宜を図ってもらいたいとの趣旨を知りながら、東京都内のホテルや大臣室で、元代表から計500万円を受け取ったとされる。元農相は動物福祉と訳される「アニマルウェルフェア(AW)」の国際基準案への反対意見の取りまとめを業界から期待されていたと、捜査当局は見ているようだ。

 ▽世界の潮流「動物福祉」

 アニマルウェルフェアとは、野生動物や実験動物にとどまらず、畜産動物に至るまで、かれらの本性にあらがう取り扱いは控え、苦痛やストレスを与えることを極力回避すべしとの思潮だ。比喩的に言えば、「非人道的扱い」は控えるべきだとの考え方に立つ。この20年間で、世界的に定着してきた。

 アルゼンチンでは、チンパンジーを動物園から解放し、自然保護区に移せとの判決が出た。欧州連合(EU)などでは、チンパンジーのような霊長類を医薬品開発の実験に使うことを原則禁止。英国やドイツ、米カリフォルニア州などでは高級食材として知られるフォアグラの生産や販売を禁止している。ガチョウやカモに強制的に大量の餌を食べさせて肝臓を肥大させる製法が問題視されている。

 なお「動物福祉」の思想は、家畜について言えば、その命を犠牲にすることを前提にしており、動物を犠牲にすること自体が不道徳だと説く「動物権」の思想家からは批判を受けている。両者は重なる面もあるが、本稿ではそこまでは立ち入らない。

 ▽国際基準

 畜産動物については、パリに本部がある国際獣疫事務局(以下、OIE)が、動物衛生や食品の安全性、動物福祉の向上などを掲げ、加盟180余国とともにさまざまな標準を整備している。

 日本では、農林水産省傘下の畜産技術協会が、OIE標準を念頭に独自のルールを設け、飼育環境の改善を採卵や養豚などの業界に呼びかけている。何分、民間ルールであり規制力は弱い。依然8~9割の業者が、超過密な空間〔バタリーケージ(採卵鶏)、ストール飼育(妊娠豚)〕で飼育しているのが実態だ。規制の厳しいEUや米国の一部州とはだいぶ差がある。

 OIEは2年前、採卵鶏の飼育に関し、EUなどの先進事例を参照しつつ、新基準を提案した。日本の業界は、これに危機感を持ち、OIE案を緩やかにするべく吉川元農相に働きかけた。それが奏功してOIEの原案は薄められた。これが、今回の事案のてんまつのようだ。

 こうした日本政府や業界の動きに対しては、日本の動物福祉団体はもとより、環境団体も強く批判する。鶏であれ、豚であれ、極端に狭隘(きょうあい)な空間に閉じ込め、その本性を抑圧し、ストレスを与える飼育を改めるべきだとの主張だ。

吉川貴盛元農相の地元事務所=2020年12月、札幌市北区

 一部消費者団体も、のびのびと集団飼育することではじめて、健康的な食品の産出が可能になると、こうした主張に同調する。コープさっぽろやイオン、さらにバーガーキングをはじめ、80を超える企業が、国際標準に従い、平飼い(ケージフリー)で産出された卵にシフトする動きを見せている。

 ▽文明論で考える

 採卵鶏を含む家畜の飼育を国際標準に引き上げることは、大幅なコスト増につながる。業界が消極的にならざるを得ないのはうなずける。産業政策の次元で考えれば、農水省が彼らをバックアップすることも理解できる。

 ところが、動物福祉は産業政策の次元にとどまらない。環境や自然、動物と人間との関係を再定義しようという文明観に立つ。「グリーン化」を目指し、「ニューノーマル」を実現しようという文明観と符合するものだ。消費者や流通業者、環境団体を含む国民全体が、この文明的転換を支持し、それに伴うさまざまな負担を甘受する覚悟と用意があるかが問われているのだ。

 日本では、農水省主導で物事が決められ、環境省や消費者庁の声が政策決定に取り入れられたようには見えない。

 ▽供養の精神

 日本には、犠牲にした動物(実験動物、ふぐ、鯨など)や世話になった動物(警察犬など)を供養し、自然を畏敬するアニミズム的心性がある。自然の循環性を前提に、たとえ家畜であっても、兄弟(仲間)として真摯(しんし)に接することこそ、日本の伝統的、精神的支柱だったはずだ。

 過密な飼育環境を強いる日本の現状は、そうした伝統から外れているように映る。日本の伝統、精神的土壌を踏まえるなら、「動物福祉」の問題は、むしろ日本が唱導して良いテーマではないか。

 「国際社会の潮流だから日本も」などと言うケチな話ではない。ともすれば忘れられかけているアニミズム的心性を呼び覚ますことを呼びかけたい。

ドイツの牛舎でわらを食べる子牛(AP=共同)

 ▽「動物福祉」向上は「グリーン化」の支柱

 以上、この10~20年の新たな流れを振り返ったが、折しも、菅政権は「グリーン社会」実現を国の基本政策として設定した。また、バイデン新政権も「グリーン化」にかじを切った。かかる展開を踏まえ、4点提言したい。

 第一に、脱炭素化などと並んで、「動物福祉」の強化を、わが国の「グリーン化」戦略の支柱と位置付けることを政府に求めたい。

 第二に、その手始めとして、養鶏、養豚などの飼育を大幅にアップグレード(高度化)する。ただ「グリーン化」を図ることはコスト増につながる。そうした制約から目をそらす訳にはゆかない。そこで、養鶏、養豚などの「グリーン化」は業界だけに負担を強いるのでなく、脱炭素化や脱プラスチック化の推進と同様、国策としてオールジャパンで進めるのが良い。

 第三に、政府には、豚や鶏の飼育環境の高度化、健全化を奨励し、業界に必要な補助金を供与することを、消費者には、(卵や肉の)価格アップを受け入れる覚悟(=「倫理的消費」に転換する覚悟)を、それぞれ求めたい。

 欲を言えば(第四に)、政府自ら「動物福祉白書」を発表するほか、畜産動物や実験動物をカバーする総括的、体系的な動物福祉基本法が制定されることを求めたい。なお、2年前に締結した経済連携協定を通じ、日本とEUは動物福祉について対話協力を進めることになった。EUの体験を参照することは有益であろう。

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