山口香JOC理事「五輪延期」発言の真意 「通常開催」にいち早く違和感

覚悟を持った山口理事の発言は波紋を呼んだ

【どうなる?東京五輪・パラリンピック(25)】覚えているだろうか? 3月中旬、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、日本のスポーツ界からいち早く東京五輪の「延期」を強く訴えた女性がいる。柔道の元世界女王で“女三四郎”の異名を取る日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事(55)だ。現在では「ド正論」だが、当時の上層部は世論と大きくズレた通常開催を主張。そんな状況にありながら、“柔道界のジャンヌ・ダルク”は敢然と声を上げて山を動かした。今だから言える発言の真意、正義を優先した信念と覚悟を本紙に激白した。

――あの発言の後、事態は大きく変わった

山口理事(以下山口):今、落ち着いて考えると、私の発言は組織人としてどうかと思いますが、当時はすでに世界で都市が封鎖されたり、とても数か月後に五輪ができる状況ではなかった。あの時点で「五輪をやろう」なんて言えなかった。それを言ったら招致をお願いした人への裏切りにもなる。「言えない」ことを言わないといけなかったんです。

――声を上げづらい雰囲気はあったか

山口:当時の(国際オリンピック委員会トーマス)バッハ会長、(大会組織委員会)森(喜朗)会長、(JOC)山下(泰裕)会長のコメントを聞いて、何と言うか…、あまりにもかたくななご発言だった。もちろん、立場は理解しています。どれだけの思いで五輪の準備をしてきたか? それを推し量ると延期と言えないのも分かりますが、リーダーが大丈夫って発言をすればするほど、周りは(延期を)言っちゃいけないという暗黙のプレッシャーはあったと思いますね。

――その中で発言する怖さはなかったか

山口:基本的に何かアクションを起こせば必ずリアクションは来る。スポーツと一緒で、仕掛けると波風は立つんです。でも、波風を立てることが大事な時もある。私は(1988年ソウル)五輪に出て(銅)メダルも取らせてもらった人間だから人の後ろに隠れるのではなく、矢面に立たなければいけない。その覚悟がないと今の仕事(理事)はできませんよ。それに時々、スポーツ界と社会が分断されていると感じる時があるんですよね。

――どういうことか

山口:一般の人が普通に思っている感覚を、スポーツ界の人たちから感じられないことがある。もちろん、しっかり考えている方もたくさんいますが、一部では「スポーツ界の常識は社会の非常識」みたいな、悪く言えば“スポーツ村”になっている。それが不祥事や何かにつながっている気がするのです。世界がこんな状況なのに「まだ五輪をやれると思っているの?」「やっぱりあの人たち変だよね?」「もう勝手にやってください」って。そう思われたくなかった。スポーツは社会と離れてはいけないと思います。

――柔道界のパワハラ騒動(2013年1月に女子柔道の暴力・パワハラ問題が発覚。告発した15選手の実名非公表を推し進めるなど積極的に発言し、サポートした)の際も真っ先に声を上げた

山口:私が柔道を始めた時、周りは全て男性。ずっと感じていたのは、男性には悪気があるんじゃなく気づいてないことが多い。それまでの慣例で同じことをやっているだけ。例えば合宿に行けば女性の更衣室がない時もありました。上の人に「こうしてほしい」と物申すことは男性社会では異常なことでしたが、言わないと伝わらなかった。声を上げれば変わる場合もあった。そうやって育ってきたんです。まあ、今では「またアイツなんか言ってるぞ」って思われていますが(笑い)。

――一連の議論で「アスリートファースト」という言葉が飛び交った

山口:聞こえがいい言葉だからよく使われますが、マラソンの札幌移転だったり、日程やルールの変更…。今までアスリートの意見が優先されたことってありますか? アスリートはいつも通達されて従うだけ。それなのに都合のいい時だけ「アスリートファースト」って言うのは偽善でしょ。私はひねくれているからそう思っちゃいます(笑い)。

――東京五輪のあるべき姿は

山口:まずスポーツ界の人たちが社会の一員であることを認識する。社会の中にスポーツがあり、五輪があるということ。私たちは平和の祭典とか理念を語ってきましたが、最後は言葉じゃない。もし来年7月、予定通りに開催できたら…。世界中の人々が東京に集い、最高のパフォーマンスが出たら思わず隣の人とハグして「こんなことがまたできる世の中になったんだね」って心の底から感じられるでしょう。もう日本の金メダル数とかの次元ではない。理念や精神を超え、五輪本来の姿に戻ると思います。

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