楽観的なムードの米経済 悪い指標には反応せず?イエレン米財務長官は何を語ったか

米株式市場は指標が強かろうが弱かろうがお構いなしで、超過剰流動性を謳歌し、NYダウ、S&P500、ナスダックの主要三指数が史上最高値を更新する日が続いています。株式の上昇は人々を楽観・能天気にさせ、都合のいいものだけに反応する傾向を強めてしまいます。


現在の市場参加者が注目している楽観的材料には以下のものが挙げられるでしょう。

(1)新型コロナウイルスのワクチン接種開始、普及期待
(2)米大型追加経済対策期待
(3)好調な米決算発表
(4)超過剰流動性=行き場の無い待機資金が無尽蔵(?)
(5)日米欧の超低金利(or マイナス金利)政策の長期化

ただ裏を返せば、(1)は遅々として進まぬワクチン接種への失望や、変異種への効果疑問視、(2)は減額された時への失望や米財政赤字拡大懸念(米債務上限問題懸念)となります。また、(4)(5)はバブル懸念、という相場にとってネガティブな材料にもなりかねません。

注目の1月雇用統計は

こうした状況下で2月5日に発表された米1月雇用統計は、非常にまちまちな内容となりました。

まず、米1月非農業部門雇用者数は、予想比で悪い内容となりました。従って、為替相場のファーストリアクションはドル売りで、米国債利回りは低下しました。人間の数百倍・数千倍のスピードで反応する人工知能(A.I.)は予想比強いか弱いかで反応する傾向が強いので、この反応は当然と思われます。

ただ、上述したように、楽観論先行の風潮があることで、悪い非農業部門雇用者数の解釈が良い方向にもっていかれました。まずは、12月分の雇用者数減少(かつ下方修正)から雇用者数増加に転じたことで、失業者数はボトムアウトしたという解釈です。もうひとつは、もともとの市場予想中心値(先週の週初段階)はプラス5万人だったことから、ほぼ予想通りという解釈です。

悪い指標には反応しない?

確かに、広義のサービス業やレジャー関連の雇用者数を見ると、12月から大幅な改善を見せており、今後、ワクチン普及が進むことで、人々が外に出始め、消費活動が広がることへの期待が膨らむ指標内容です。

事業所調査ベースの非農業部門雇用者数変化は、直前市場予想中心値の前月比プラス10万5000人に対して、同4万9000人増でした。11、12月分のネット下方修正が合計でマイナス15万9000人でしたので、かなり悪く見えるはずです。でも、米株式指数は上昇しました。最近の傾向として、悪い米指標にはあまり反応しないというのは、米雇用統計に限った話ではなく、指標全般的に言えることかもしれません。

米1月失業率は予想よりもかなり改善

予想よりもかなり悪かった非農業部門就業者数への楽観的解釈もありましたが、加えて、家計調査ベースの失業率が大幅改善したことも、市場参加者の楽観を強めました。

失業率は事前予想の6.7%に対し6.3%と大幅に改善し、米雇用統計は悪くないという印象を市場参加者に与えたと思われます。また、平均時給も、前年比予想プラス5.0%に対して5.4%と予想より強い内容となったことで、ドル売りが続かなかったとも言えます。

この失業率の大幅な改善ですが、米労働省発表資料によると、家計調査ベースの失業者数が60万人強減少したことに加え、労働参加率が低下したことも要因と思われます。また、昨年12月21日に米上下両院で可決された追加経済対策法案の恩恵もあったでしょう。

いずれにしても、市場関係者の見方は、「見かけほど悪くない」、あるいは「ワクチン普及で今後はさらに改善」という解釈が大勢になっていたものと思われます。

大型追加経済刺激策への期待

「悪い米指標=大型追加経済対策実現の可能性」というのも、2月5日の市場では多く語られていました。実をいうと、米雇用統計発表同日のNY時間未明(日本時間19:15頃)、米上院が今会計年度予算の大枠となる予算決議案を可決していました。

この上院での可決を受けて、既に米国債利回りは米雇用統計発表前から上昇していて(米10年債利回り1.14%近辺→1.1859%)、ドル円も上昇していました。従って、米雇用統計の非農業部門雇用者数はポジション調整的な役割だけだったのかもしれません。何が飛び出してくるか分からない週末には、ポジションを軽くして帰宅するのが定石と考えている人もいるでしょう。

そしてその何が飛び出してくるか分からない週末の2月7日、イエレン米財務長官から、大型追加経済対策の必要性を訴える発言も出て来ています。

追加経済対策はいつ?

イエレン米財務長官は、テレビ番組で以下のようにコメントしました。

「十分な規模の積極的な追加経済対策パッケージが実行されれば、米国は2022年に完全雇用に復帰し得る。十分な支援がなければ米労働市場は2025年まで回復しない可能性がある。バイデン大統領が掲げる1兆9000億ドル規模の追加経済対策については、特に雇用創出に的を絞ったものでないが、対策により支出が増え、労働者需要の創出につながる」(米CNNの番組で)

「労働市場は失速しつつあるようだ。低賃金労働者とマイノリティー、女性が最も厳しい状況に置かれている。景気減速が長期化すれば恒久的なダメージを被りかねない。労働市場は深い穴に沈んでおり、抜け出すのはまだずっと先だ。大統領の経済対策は雇用を創出するだろう」(米CBSの番組で)

(出所)ブルームバーグより大和証券作成

「米雇用統計(米指標)よりも米大型追加経済対策期待」というのが、しばらくドル円相場に影響するものと思われます。しかも、大型追加経済対策=米財政赤字拡大=米国債利回り上昇、という構図も、市場の有識者たちが薦めるドル売りを困難なものにさせてくると、筆者は考えています<。

<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄>

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