コロナ禍に生まれたダンスの「化学反応」 草刈民代さんの舞踊舞台が生んだもの

 新型コロナウイルス禍がなかったら、さまざまな分野のダンスが化学反応を起こすことはなかった。ダンサーと観客の連帯も生まれなかったろう。俳優でバレエダンサーの草刈民代さんが芸術監督を務めた公演「INFINITY DANCING TRANSFORMATION」は、客席を半数に制限し、検温や換気、消毒などを徹底して開催された(1月30日、東京・渋谷の「Bunkamuraオーチャードホール」)。閉塞(へいそく)した防疫社会の人々に生気を吹き込む価値ある舞台になった。(共同通信=小池真一)

 ▽寄せ木細工

 闇の中に道を求め踊る、高貴な若紫色のローブ姿の草刈さん。バレエダンサーを引退してから10年余りを経て、冒頭の作品「The Path」でダンスの舞台に復帰した。前進し、ためらいがちに後ずさりする姿は、感染症に翻弄(ほんろう)される人々の現実と重なる。言葉を発しないダンスならではの象徴的な動作とともに、細やかな所作と表情の変化で葛藤を伝える。俳優として多くの時間を投じてきた成果を、洗練された舞踊演劇へと昇華させた。

「The Path」(写真・新井秀幸)

 「聖なる獣」と題された群舞は、男女7人が織りなす美しいダンス劇詩だ。苦悩する男と、それを励ます女神のような踊り手たちが触れ合い、体を擦れ合わせ、手を握り密になる。7人の身体はいつしか、時間を共にする一つの生命体のようになっていく。この精巧な寄せ木細工を想起させる振り付けは、世界的サーカス劇団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の元ダンサー、辻本知彦さんによるもの。踊り手としても参加した。人と人が関わり合う「コミュニティー時間」は、個人それぞれを生かす時間でもある。舞台芸術の時間同様、やはり止めてはいけない。

「聖なる獣」(写真・新井秀幸)

 ▽濃厚接触

 今どきの密なコミュニケーションの抑制で、人と人のつながりは確かさを失っていないか。作品「blur effect」はコンテンポラリーダンスの平原慎太郎さんが振り付け。一筋の赤いひもにダンスの達人たちが絡み踊る物語だ。平原さんを含め男女3組が繰り広げるのはソーシャルディスタンス(社会的距離)でなく、濃厚接触の斬新なソーシャルダンスだ。しなやかに支え合い踊るペアを赤いひもがつなぎ、時に拘束する。目に見える赤い絆から離れれば、コロナ禍でのように人間関係がぼやける(blur)。でも、つながりを求める心があれば連帯できる―そんな示唆をもたらす美しいダンスアンサンブルだ。

 「blur effect」(写真・新井秀幸)

 今回の公演は昨年5月、草刈さんのプロデュースで制作されたダンス動画「#Chainof8」がきっかけだ。国際的に活躍する多分野のダンサーがそれぞれの部屋にいながらオンラインで共演した作品で、YouTubeで公開された。感染症の猛威で舞台に立てない受難(passion)の中、あふれる熱情(passion)のダンス表現でチェーンのようにつながるパフォーマンスが大きな反響を呼んだ。

 いざ実際の公演で、広いステージに放たれたダンサーは、多くの観客と空間、時間を共にし、コロナ時代の過去、現在、未来と対話した。サンサーンス作曲「白鳥」のチェロ演奏を背景に、クラシックバレエの上野水香さんが作品「瀕死の白鳥」を一人舞った。優雅にして悲しげで、傷ついた人々の心の内を表象する。かつてのつらい時間を慰める趣きだ。

「瀕死の白鳥」(写真・新井秀幸)

 ▽勇気と元気

 作品「光へ」で熊谷和徳さんは、超絶技巧のタップダンスを展開した。「シーン」と無音のまま止まってしまったような時間が、タップの足音に従い動き出す。初めは歩くように、徐々に駆け足で疾走感を高め、観客も高揚感を増していく。明日を生きる勇気と元気を誘発される。

 中村恩恵さんは、作品「タンゴ」を自ら振り付けした。希望と挫折の発露であるタンゴはペアのダンスが定番と思いきや、中村さんは一人で舞台に立ち、何かを確かめるようにゆったりと丁寧に踊る。なるほど、自分に問い掛け、そうして自分をペアにして踊っているのかもしれない。「コロナ禍の今の自分では?」という共感を観客に湧き起こす。

 記憶に残る出来事があった。ジャズダンスの永井直也さんと舞踏の石井則仁さんらの共演だ。「動」の踊りと「静」の舞いという対極的な両者がつながり、反応した。舞台上に現れ出たのは、クラシックとかコンテンポラリーとか細分化される前の原始的な身体表現のようなものだ。このおおらかなダンスの時空の広場で、時代に抑圧されたダンサーと観客が心を一つにできた。

 6月にさいたま市と兵庫県西宮市で、7月に富山市で上演予定。公演ホームページ(http://www.classics-festival.com/rc/infinity/)で演目のダイジェスト動画を見られる。

「Lights」(写真・新井秀幸)

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