コロナ禍、「病床不足」は民間病院のせいか 浮かび上がった「ベッド大国」日本のもろさ

病床確保の要請について説明する大阪府の吉村洋文知事=1月19日、大阪府庁

 緊急事態宣言下で全国的に新型コロナウイルスの感染者数は減ってきたが、まだ予断は許さない状況にある。「ベッド大国」であるはずの日本が、新型コロナ禍で病床不足の危機にひんし続けているのだ。日本は40カ国近くある経済協力開発機構(OECD)加盟国で人口千人当たりのベッド数が最も多く、感染者数も欧米よりも低いのに、なぜ「医療崩壊」と悲鳴が上がるのか―。国や自治体は法改正などを通して、民間病院に病床確保を迫っているが、取材を進めると日本特有の医療体制のもろさが浮かび上がってきた。(共同通信=野沢拓矢、大野雅仁)

 ▽受け入れ障壁、何重にも

 「病床を増やさないと、もう対応できない」。大阪府の吉村洋文知事は1月中旬の新型コロナ対策会議で、窮余の策として民間病院に病床確保の要請に踏み切る考えを明らかにした。背景にあったのは、コロナ患者を受け入れている府内の病院数の割合が1割程度と低かったためだ。当時、病床使用率は7割を超えており、吉村知事は1月19日に特措法に基づき病床確保を要請した。

 共同通信が入院治療のできる府内の「2次救急医療機関」の145の民間病院に取材したところ、応じた56施設のうち、重複回答で少なくとも30施設が設備面、25施設が人員面の限界を訴えた。

 「『民間の一般病床をコロナ用にすれば良い』という簡単な話ではない」。大阪府北部にある200床規模のA病院の男性総務課長は、府が民間病院に受け入れを求める動きに憤慨する。「病院内で感染を起こさないように完全隔離が必要だが、元々感染症用ではない病院だと空調が天井でつながっているから、別の部屋に隔離しても同じフロアだと空気が回る。特別な空調の用意には時間もお金もかかる」と設備面の課題を指摘した。同病院では透析患者も抱えており、「(感染すれば)重症化する可能性があるが、もし何かあっても行政は責任を取れるのか。施設管理が悪かったで終わり、では済まない」と嘆息する。

 人員面も受け入れの障壁となる。コロナ治療では人手が通常の倍ほど必要で、「今いる看護師から一部をコロナ担当に充てたら、他の病気で入院している患者に手が回らなくなる」と懸念している。看護師の募集に応じる人は少ない上、コロナ対応ができる技術がある人はごくわずかで、補充は簡単には望めない。

 同じく約200床規模のB病院では、コロナ患者を診ることができる内科医は2人しかいない。当直時間に診察が必要となればその都度に呼び出すことになる。大阪市淀川区の市立十三市民病院が昨年5月からコロナ専門病院となって以降に30人以上の退職者が出た事例を引き合いに、「現場の医師や看護師に無理を強いれば職を離れてしまうかもしれない」と男性事務局長は気をもむ。

 足元の経営も厳しい。「収益は前年と比較すると15%減少した。一般の患者が減り、開業医からの紹介も減った。感染のリスクを恐れてのことだろう」と頭を抱える。府は病床逼迫を踏まえ、新たにコロナ患者を受け入れてくれる医療機関に3千万円の支援金を支給すると決定したが、「受け入れたら風評被害でさらに患者が減るだろう。毎月赤字を垂れ流している状況で、支援金の3千万円なんてすぐ吹き飛ぶ」

オンラインで取材に応じる西淀病院の大島民旗院長

 病院名を明かして取材に応じた西淀病院(大阪市西淀川区)も200床規模だ。病床使用率が昨年度平均98・4%と高く、冬場は疾患も増えることから、「満床に近い状態が続いている」という。府の要請を踏まえ、1月からコロナ患者用に1床確保したものの、スペースや人手が取られる形となり、大島民旗院長は「他の疾病患者の医療を断らざるを得なくなっている」と明かす。「対象病院を広げることで、かえってクラスターの発生リスクも高まってしまう」と懸念する。

 そうした事情を踏まえずに確保を迫る動きに関して「(他の地域医療など)必死に自施設の役割を果たそうとしている医療従事者の心をくじかないでほしい」と訴える。

 ▽病床確保へ“圧力”

 日本の病床数は、一般病床と感染症病床で計約90万床(精神科病床や療養病床を除く)に上る。OECDによると、人口千人当たりの病床数が日本は13床。ドイツは8床、フランスは5・9床。米国の2・9床、英国の2・5床を大幅に上回り、加盟国の平均を大幅に超えてトップに立つ「ベッド大国」だ。病院数も全国で約8300と加盟国中最多を誇り、その大半が民間病院だ。

病院経営支援会社「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)」が算出したデータ。昨年8月時点

 病床確保を巡って民間病院に焦点が当たるのは、多数を占める中で「コロナ患者の受け入れ割合が低い」との主張があるためだ。救急医療を担う急性期病棟がある病院が主とされる。厚生労働省によると、4255の急性期病院のうち、受け入れ可能なのは1707病院。公立病院では696施設のうち71%、日本赤十字といった公的病院などは749施設のうち83%なのに対し、民間病院は2810施設のうち21%にとどまる。政府は3日に成立した改正感染症法(13日に施行)で、病院に対する受け入れ要請を「勧告」へと強化、従わなければ公表もできるようにし、各病院への“圧力”を強める考えだ。

厚生労働省資料による。昨年11月時点で報告のあった急性期病院(4255医療機関)

 ▽治療レベルに差

 ただ民間は、感染者対応をする区域とそれ以外を分ける「ゾーニング」が困難といった事情を抱える200床未満の中小病院が多い。大阪府私立病院協会の生野弘道会長は「日本は診療所から始まり、その後入院病床が必要となって病院が増えていった経緯があり、民間では中小規模の病院がほとんどだ」と歴史的な背景を語る。病院数や病床数ほどに医療従事者が潤沢ではない事情もある。OECDのデータでは、日本の医師数は人口千人当たり2・5人で、加盟国平均を下回っている。つまり医療人材が小規模単位で分散している。生野会長は、人員や設備に恵まれた公立・公的病院と比べると、民間病院は経営的に人材や設備への投資が限定的にならざるを得ないところが多く、「一口に急性期と言っても、治療レベルにはかなり格差がある」と実情を打ち明ける。

「GHC」が算出したデータ。昨年8月時点

 第1波が到来した昨年4月からコロナ患者を受け入れてきた大阪市北区の加納総合病院。300床のうち、20床をコロナ病床として運用している。加納繁照理事長は「(2009~10年にかけての)新型インフルの時にマスクなどを備蓄し、感染者用の部屋を準備していたので、当初から受け入れることができた」と明かす。

 昨年10月には院内で新型コロナのクラスターが発生し、患者と職員計10人が感染した。だが、院内の専用病棟に感染者を移して経過観察し、人手も院内の人員でカバー。通常業務もなんとか回せた。だが、加納理事長に言わせれば、病院に一定の規模があったから可能だったわけで、小規模な病院でひとたびクラスターが起きれば、対応は困難を極める。こうした理由から、「『民間病院がサボっている』という主張は一面的すぎる」と反発している。

加納繁照理事長

 ▽役割分担の「明確化」

 医療体制の逼迫解消に、それぞれの病院の規模や特徴に応じた役割分担の明確化が求められていると言える。中央大の真野俊樹教授(医療経営学)は「中小規模の病院は生活習慣病など比較的手のかからない患者の入院には向いているが、特別な設備や治療が必要なコロナの急性期患者には向かない」と指摘する。「症状が落ち着き感染力も落ちた患者の対応は中小の病院でも可能だ。病院ごとの役割が明確になれば、受け入れも進むはずだ」と強調する。

「ゾーニング」されたコロナ患者受け入れ病棟で作業する看護師=2月4日、大阪市北区の加納総合病院

 実際、そうした動きは広がりつつある。日本医師会や日本病院会などは1月下旬、対策会議を立ち上げ、医療界全体で協力することで一致。コロナからは回復したが体力が落ち、療養が必要な高齢者の受け入れなど、中小病院や診療所ができる後方支援を検討している。大阪府は感染者を受け入れていない医療機関などから看護師を募り、受け入れ病院へ派遣する制度を創設した。人手不足で運用できていない病床の稼働を目指す。府医師会の茂松茂人会長は「医療界全体が協力して危機を乗り越えていかなければならない」と強調した。

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