音楽の神に選ばれし “歌バカ” 玉置浩二が初出演した連続ドラマ「キツイ奴ら」 1989年 1月25日 玉置浩二のセカンドシングル「キ・ツ・イ」がリリースされた日

まさに枕詞、「歌が上手い」といえば玉置浩二

玉置浩二を形容する時、「歌が上手い」という表現はもう枕詞のようなものだろう。「垂乳根の」といえば「母」であるように、「歌が上手い」といえばそれは「玉置浩二」のことだ。

山下達郎は彼を「日本で最も過小評価されているミュージシャン」とぶち上げ、徳永英明は「日本一歌が上手」と称賛し、EXILEのATSUSHIはその歌唱力に圧倒され、彼の家まで出向いて歌唱指導を受けたという。逸話もモリモリである。

2020年度『NHK紅白歌合戦』での玉置浩二も圧巻だった。ギリギリで出場が決まったのに、あれだけのポテンシャルを持って感動の空間を描き出すことに畏怖すら感じた。情感を限りにに全身で歌う玉置浩二はなんだか神々しく、どこか神がかっていた。

ナンシー関が玉置浩二に贈った最大の賛辞、「歌バカ」

紅白での玉置を観ながらふと私は、消しゴム版画家の故・ナンシー関が彼を「歌バカ」と評したことを思い出していた。「歌うことが手段ではなく目的であるということは、なんと迷いのない清々しいことであろうか」と。表現方法はちょっとアレかもしれないが、ナンシー関にしてみたら最大の賛辞ではなかっただろうか。

音楽の神様に愛された人間が思いのままに心ゆくまで歌を歌う。歌でメッセージを伝えると言うよりも歌そのものを伝える。それはきっと選ばれし者の宿命だ。

「歌バカ」としての宿命を背負った玉置浩二の業。それを私が実感したのは、彼が初出演を果たした連ドラ『キツイ奴ら』を観てからだった。

久世光彦演出の人情喜劇「キツイ奴ら」で連ドラ初出演

『キツイ奴ら』は、昭和と平成の狭間、1989年1月4日にスタートした久世光彦演出による人情喜劇タッチの水曜ドラマだ。

主人公はかつて “ハヤブサの吾郎” の異名を持ち、金庫破りを生業にしていたインチキセールスマンの吾郎(小林薫)。女にだらしがない少年院時代の後輩、完次(玉置浩二)の借金返済のため、地道に生きるはずがまた金庫破りに手を染めることになる。借金先の若社長、貴一朗(柳葉敏郎)率いる善福興業がヤクザ関係だったことが運のツキ、返済できなければボコボコにされて二度とお天道様が拝めないハメに!? … という泥沼展開。

ノリと勢いとゆるさ、そしてキツさをうまくミックスした絶妙な笑いの演出は久世光彦ならでは。金ヅルにされる完次の元カノ・清水ミチコ、イキリながらも義に厚いチンピラ社長の柳葉敏郎、気品あるマドンナ的存在の篠ひろ子、完次に惚れるピュアな鷲尾いさ子、完次にメロメロのやり手高利貸し・吉行和子等が脇を固めた。

また、常に完次の手元にあるギターや、吾郎の部屋に「地道」と手書きで貼ってある紙、吾郎が金庫破りの前に行なう道具の封印を解く儀式、「男はやるときゃやるのよ」という合言葉など、クスリと笑ってしまうようなディテールも満載だ。

ドタバタコメディーのハイライトは小林薫と歌いまくる流しのシーン

物語自体はお涙頂戴的ドタバタコメディーだが、なんと言ってもハイライトは、毎週のように繰り広げられる、借金返済のために飲み屋街をさすらう吾郎と完次の流しのシーンである。

ある時はソンブレロ姿、ある時は着流し、またある時は蝶ネクタイにギンギラスーツと、お揃いの衣装を着て、おひねりの千円札で作られたネックレスをつけ、居酒屋の隅で昭和&ムード歌謡を歌って歌って歌いまくるのだ。

完次がギターをジャカジャカ弾きながら、「函館の女」「いい湯だな」「ラブユー東京」、「兄弟仁義」に「夜の銀狐」と、毎回毎回歌うわハモるわ! 小林薫は前説も流暢で玉置浩二の声と超マッチ! 良い加減にいい加減で、インチキくさくて、人間味にあふれていてもう最高。観ているこっちも楽しいったらない。ついつい一緒に歌ってしまうのだ。

聴くほどにクセになるエンディングテーマ「キ・ツ・イ」

そしてストーリーを最後にタイトに〆るのが、玉置浩二ソロセカンドシングルとなったエンディング曲「キ・ツ・イ」である。玉置のパワフルかつスリリングなボーカルが堪能できるベリーファンキーチューン。

メロディー自体はやや単調だが、彼のフェイク込みの自在な咆哮と相まって、ソリッドなビート感のあるカッコいいナンバーに仕上がっている。また、アマゾンズによるコーラスもピリッとスパイスのように効いていて、キ・ツ・さ倍増。聴くほどクセになった。

ターニングポイント?「ドラマをやるようになってから歌が変わった」

話はズレるけど、このドラマを初めて観た時、私は玉置浩二の変貌ぶりにびっくりした。自分にとっての玉置は安全地帯の繊細なボーカリストであり、肩パッドスーツと濃厚メイクをバッチリ決めた、厚いベールの向こうの謎の男といったイメージだったからだ。それがこんなに女に弱くチャラい可愛い男が演じられるとは! 久世光彦恐るべし!

推測ながら、玉置浩二がそれまでのイメージの殻を脱いだのは本ドラマ出演がきっかけではないだろうか。本人も「ドラマをやるようになってから歌が変わった」と語っていた。その後出演した大河ドラマ『秀吉』の足利義昭役や、盲目の男性を演じた『盲導犬クイールの一生』での演技は忘れられない。

鼻血もの?「玉置浩二ショー」で小林薫とのデュエットが実現

昨年(2020年)6月、NHK BSプレミアムで過去の『玉置浩二ショー』をいくつか再放送していて、その中に小林薫がゲストの回があった。オリジナル放送は2015年2月とのことだが私は初見。『キツイ奴ら』フリーク達は萌えただろうなぁ。私も萌えた。2人でドラマの裏話や思い出話、ドラマ初出演だった玉置浩二が小林薫に演技の教えを乞うたエピソードなどを楽しそうに語らっていた。

そして最後には玉置がギターを持ちだして、久しぶりのデュエットが実現したのだ! お互いに大笑いしながら息ぴったりに「コモエスタ赤坂」を歌い合う姿は鼻血ものだった。まるで何十年のインターバルなどないかのようだった。

聴く者の心を鷲掴み! ずっと愛していきたい玉置浩二の歌

そんな2人を見ていたら、改めて「歌って、いいなぁ」と思えて仕方がなくなった。酸いも甘いも内包して繰り出される昭和歌謡をはじめとする数多の歌。日々の暮らしを応援する歌。人間の阿呆さや弱さに寄り添い、元気づけ、明日からの活力となってくれる歌。時を超え歌い継がれていく歌。

まるで何かに導かれるようにほとばしる声。全身からダダ漏れしている音楽への愛。熱く切なく響く唯一無二のボーカル。聴く者の心を鷲掴みにする、玉置浩二の歌。

音楽の神様に選ばれし愛すべき「歌バカ」として、その声で、その歌で、この先もずっと私達の胸を大いに震わせてほしいと願う。

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