知られざる「出張シェフ」の世界 コロナ離職の料理人、再起へ奮闘

 自宅に料理人を招く。そして、ごちそうを楽しむ―。映画やテレビドラマに登場するようなひとときが現実のものとなる「出張シェフ」が、身近になりつつあるという。中には、新型コロナウイルス禍でダメージの大きい飲食業界で離職を余儀なくされ、再起を目指して出張料理の世界に飛び込むシェフも多いと聞いた。苦境にある料理人の応援プログラムを展開する出張調理サービス会社「シェアダイン」(東京)に依頼し、知られざる出張シェフの世界を取材した。(共同通信=瀬川成子)

キッチンで手際よく調理する内山暦さん

 ▽初めてのキッチンでも手際よく

 指定されたのは、東京都内のマンションの一室。「シェアダイン」のエプロンを着たシェフの内山暦さんが、何品も同時並行で調理を進める。その手際の良さを目の当たりにし、テレビで「伝説の家政婦」として話題のタサン志麻さんを連想した。それもそのはず。内山さんは、東京都内の有名店で料理長も務めたベテラン。評判のハンバーグを目当てに、記者も並んだことがある。

 「鶏もも肉ガランティーヌ」に「キノコ焼きラビオリ」、「カリフラワーポタージュ」…。手元のメモには、この日、調理する約10品が記されていた。忙しく手を動かしながら、「初めて使うキッチンで、時間に追われながら何品も作るのは大変で、勉強になる。ご家庭によって希望も違うし、志麻さんは本当にすごいですよ」と話してくれる。

 0歳児を抱っこしながらカウンター越しに作業を見守るのは、依頼した女性医師。夫と3人家族で、育児休暇からの復職を機にサービスを利用し始めた。1回7480円(食材費別)で週末に利用し、毎回夕食3~4日分を調理してもらう。コロナの影響で外食が難しい中、「離乳食の準備もあり、(出張シェフが)ないとやっていけません。宅配と違って、好みや作り置きの量も相談できるので、本当に助かっています」。

 確かに、働きながら乳幼児を育て、調理も担うのは相当に大変だ。「シェアダイン」のサービスは子育て中のママの実感から生まれたもので、登録する出張料理人には管理栄養士も多く、食物アレルギーや偏食などに対応した献立や介護食にも力を入れていることを思い出した。時間をかけて準備したのに「食べてもらえない」という壁にぶつかった人々が、プロに相談できるのは心強いだろう。

利用者に料理を1品ずつ説明する出張シェフの内山暦さん

 女性医師が利用しているのは、料理人を指名しない定期コース。「どんな料理が得意な人だろう?」と毎回、お試し気分で楽しんでいるという。フランス料理のコースなど、「出張シェフ=特別な日のぜいたく」というニーズに応えるような選択肢がある一方で、日々の食卓を支えている一面も垣間見えた。

 ▽感謝の言葉が励み

 外食産業の苦境が長期化し、ウエートを増しているのが、料理人支援の側面だ。東京商工リサーチによると、2020年の飲食業の倒産(負債額1千万円以上)は842件。東日本大震災が起きた11年を超えて年間最多を更新、緊急事態宣言の再発令でさらに深刻化が懸念されている。

 内山さんはコロナ禍で失職し、昨年9月に「シェアダイン」に登録した。自宅で母親を介護しており、働く時間を選べるのが好都合なことに加えて「利用者の感謝の言葉や、寄せられるコメントが励みになっています。店で働いていた時とは違うやりがいを感じる」。料理人仲間で出張調理が話題になることも多いといい、「もっと早く挑戦すれば良かったと思う。介護食など、いろいろな要望に応えていきたいですね」と意気込む。

 コロナのあおりを受けた料理人のため、同社は応援プログラムを展開している。衛生管理や感染予防策などの研修に加え、シェフ同士の情報交換を後押しするなど、支援策を拡充。離職者だけでなく、腕を磨こうと勤務先のシフトと出張調理を両立する若手もいるという。管理栄養士も含め、登録する料理人は約900人。指名してくれる「得意客」を抱えている人もおり、一番人気の栄養士のレシピ本も出版されている。サービスの利用者も前年同月比で約3倍に増加しているという。

 ▽新業態で再起

 飲食店の客足が減った反面、コロナ禍で急伸したのが「ウーバーイーツ」などの食事宅配サービスだ。人気を受け、「クラウドキッチン」「ゴーストレストラン」などと呼ばれる、客席を持たずにキッチンだけで営業する新業態で再起を期す料理人もいる。

 大阪市東住吉区に昨年秋、オープンした「しょくの杜」もそんな拠点の一つ。代表の有迫淳二さんは「苦境に立ち向かおうと、もがいている料理人を支える場が必要です」と断言する。「食」と「職」、「色」(個性)を守る“鎮守の森”になれるようにと願い、「しょくの杜」と命名した。

 唐揚げやピザ、丼、ドリンク類など6~10店舗がキッチンを共有し、宅配に対応する計画で、単独で出店する場合に比べて初期費用を大幅に抑えられるメリットがある。コロナ禍を機に離職し、長年の夢だった自分の店を持とうと「しょくの杜」でおにぎり専門店を始めた久保安さんは「異業種の料理人とアイデアを出し合い、お互いが人気店となれるよう盛り上げていきたい」と話す。

メニューやチラシが置かれた「しょくの杜」の入口に立つ久保安さん

 ▽キッチンカー、思わぬ手間も

 評判を聞き、若手の料理人らが見学に来ていた。那須空次さんと西尾福英男さんは、中学の同級生。一緒に新しくオープンするレストランに転職予定だったが、出店が取りやめになってしまったという。2人で営業できるキッチンカーに目を付け、再起を期す。試食を重ねてたどり着いたメニューは、春巻きバーガーや竹炭唐揚げ。「春巻きのバーガーは聞いたことがないし、黒い唐揚げは地味やけど逆にインスタ映えしそうでしょ?」と笑う。

手書きの看板にも思いを込めたキッチンカーで笑顔を見せる西尾福英男さん(右)と那須空次さん

 昼時の街角やショッピングセンター、イベントなどで見かけるキッチンカーだが、新規参入が増え、出店場所の確保が難しく、競争は厳しくなっているという。全国ケータリングイベント協会の理事も務める有迫さんは「同じ大阪府内でも、保健所の管轄が違う所で営業するには、その管轄区での営業許可が必要になる。キッチンカーの大きさによって出店できない会場もあるなど、出店者は思わぬ手間や出費に悩むケースがある」と指摘する。

 「腕一つ」で勝負する出張調理に、急拡大するデリバリー、テークアウト…。ジャンルは違っても「おいしい料理で誰かを喜ばせたい」という思いは共通していた。「自分が作った料理を食べたお客さんの笑顔を見た時、この仕事を続けたいと思いました」という言葉も、印象的だった。自分なりの次の道を模索する彼らを応援する動きが、さらに広がることを願わずにいられない。

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