『レミドラシソ 鶴谷香央理短編集 2007-2015』鶴谷香央理著 心が通った音がする

 夫を亡くした老婦人と内向的な女子高生、58歳差の二人が「BL」を通して友情を育むマンガ「メタモルフォーゼの縁側」で一躍有名作家となった、鶴谷香央理の短編集が発売された。

 高校の吹奏楽部でパーカッションを担当している、「白井くん」のことを、クラスメイトであり同じくパーカッション担当の「安達さん」の視点で描いた「吹奏楽部の白井くん」。幼い姉妹、あやとかなは豆ごはんが好きで、仏間が怖くて、ごはんの時間のお母さんの「ぶーん」が大好き。台所を舞台に、ふたりの大冒険や大事件、そして鮮やかな感情を描いたデビュー作「おおきな台所」。パリに住む両親と離れ、金沢の高校に通う優と、古文の教師・佐野の交流を描いた「ル・ネ」。さまざまな媒体で発表された三作品を一冊にまとめている。

 「吹奏楽部の白井くん」の冒頭にはこんなシーンがある。安達さんと白井くんは学校の階段をふたりでマリンバを運んでいるとき、踊り場の窓からトランペットを片手に力なく座り込む部員の波江野くんを見つける。コンクールで金賞を逃したことに落ち込んでいる様子の彼に向かって、安達さんは窓から「The Entertainer」の前奏を弾いた。それに気づいた波江野くんは、俯きながらもトランペットを吹き、曲が終わると二人に笑顔を向ける。

 「ル・ネ」の主人公、優の父親はパリで活躍する調香師。そのことを知った佐野は驚きのあまり無理を承知でお願いをする。「この香水の名前が知りたい」と。優は父親譲りの嗅覚の鋭さで香水の名前を佐野に教えるが、次第に優は、彼女が放つ別の匂いに気づくのだった。それは自分自身も放っている、涙の匂い。薄暗く湿った悲しみの匂い。それに気づいた優は「香水を貸してほしい」と申し出る……。

 人と人が心を通わせる瞬間に鳴る、小さな音。大人になると耳が遠くなるように聞き逃してしまうその小さな小さな音を、鶴谷は耳を澄ませて聞いているようだ。だから彼女が綴る物語には、目が合いふっとほほえみ合うような、温かさや優しさ、嬉しさが描かれているのだろう。誰かを思う気持ちって、こんなに素敵なものなんだ。

(KADOKAWA 1100円+税)=アリー・マントワネット

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