『眠れぬ夜はケーキを焼いて』著者・午後 大丈夫、大丈夫

 眠れない。ここ最近、布団に入ってから数時間、一向に寝付けないのだ。無理やり目をつぶり小さな音で音楽を流したり(サラ・バレリスや都はるみなど入眠プレイリスト全49曲)、温かい牛乳を飲んでみたり、湯たんぽを入れてみたり、いっそのこと一度電気を点けてみたり、自分で自分のみぞおちあたりをぽんぽん触って「大丈夫大丈夫」なんて励ますこともあるが、閉じていた瞼を試しに持ち上げてみると、暗闇の中、当社比120%で目が開く。

 そこまで全部やってみたら眠ることを諦める。諦めて、音楽を流していたスマホを手に取り、SNSをぼんやり眺めるまでがルーティンだ。こんなに夜が深くても起きてる人は意外といて、そのことに少し安心しながら画面をスクロールしていく。

 このマンガにであったのは、そんなときのことだった。「午後」と名乗るその人の作品はやがて一冊の本となり、発売される。数え切れない不安な夜を過ごしてきた、著者の日々を描いたコミックエッセーだ。

 パウンドケーキにスコーン、ガトーショコラにプリンといったお菓子のレシピから、深夜に嬉しい低カロリーな豆腐アヒージョ、さらには部屋の整理整頓のコツまで。長い長い夜を乗り切るアイデアがいくつも描かれている。レシピはどれもシンプルで、使用する調理器具も少なく、まさに真夜中にうってつけだ。

 ……と説明すると、まるで不眠を逆手に時間を有効に使うハウツーが書かれているようだが、本書のトーンは決してそんな明るいものではない。「私には、住処を変える必要もなく、雨風をしのげる家も、温かいご飯も、柔らかい寝床だってあるのに、それなのに何故なんだろう」……。物語を覆うのは分厚い雲のような憂鬱だ。自己嫌悪や虚無感、意味もなく晴れない気持ちに偏頭痛。沈んだ気持ちや体調を、少しでも明るい方に、前向きな方に持っていくためのお菓子作りという解決策だ。

 「自分の不甲斐なさを、何かを作り出すことで生まれる達成感で打ち消そうとしている」、しかも食べられるので「一石二鳥」。そんなふうに語る午後の言葉には、どうにかして自分を励まそうという切実な決意を感じる。寝たふりにも飽きて、途方に暮れた心にしみる温かい一冊だ。窓の外がうっすら白んできた頃に、大丈夫大丈夫、眠れなくても大丈夫だよという声が聞こえ、私は浅い眠りにつく。

(KADOKAWA 1,150円+税)=アリー・マントワネット

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