東京五輪、やれなさそうでもやろうとしている スポーツ評論家・玉木さんが語る政治との関係

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五輪と政治の関係性について語る玉木さん(神奈川県鎌倉市)

 新型コロナウイルスの影響で1年延期となった東京五輪・パラリンピックは、果たして今夏に開催できるのか。開幕まで半年を切る中、大会組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言に反発が広がる。菅義偉首相は「人類が新型コロナに打ち勝った証として開催する」と強調するが、そもそも私たちは何のために東京大会を招致し開こうとしているのか、その大義が隠れてしまっている。京都・祇園育ちのスポーツ評論家で作家の玉木正之さん(68)に五輪と政治の関係性を聞いた。

■五輪に原点は存在しない

 -1年延期された大会をどう見るか。

 「『多様性と調和』『全員が自己べスト』『未来への継承』と、大会ビジョンが三つありますが、きちんと言えますか。1964年の東京五輪は日本の中学生の少女が作った言葉がスローガンに選ばれた。『世界は一つ』です。それは広く知られてました。当時世界は二つだったんですよ。共産圏と自由主義圏。だからこのスローガンは、五輪の平和運動とも合致した。でも今回は三つの大会ビジョンも『United by Emotion(感動で一つになる)』というスローガンも、ほとんどの人が知らないでしょう」

 -政府や組織委員会は「新型コロナに打ち勝った証しとしての大会」と言っている。

 「その前は3.11からの復興と言ってました。どっちも後付けの言葉で、正式なスローガンにもビジョンにもなってない。要するに東京大会によって何をしようという積極的な方針ではなく、『3.11』にしろコロナにしろパッシブ(受動的)な言葉で、周りの状況から仕方なくつけたものです。何のためにやるかはっきり言えないから。まさか金もうけのためにやるとは言えない。でも現実的にはそうなってきている。東京の五輪ミュージアムで1920年のアントワープ大会を取り上げている。スペイン風邪に勝った五輪とのテーマだが、私自身それを聞いて驚いた」

 -歴史を振り返れば、感染症を克服して五輪はできたじゃないかというストーリーだ。

 「今の新型コロナの状況と無理やり結びつけようと出してきた感じがする。当時の人にとっては第1次世界大戦が終わった方が大きかった。アントワープのあるベルギーは一番の戦場になり、そこからの復興だった。ただ紀元前の古代オリンピックがなぜ始まったかと言うと、平和の実現に加えて疫病から逃れようというのはあったみたい。ギリシャのパウサニアスという人が、紀元前776年に古代オリンピックがなぜ始まったかを書いています」

 -感染症の拡大で東日本大震災からの復興という意義が失われた感がある。

 「東京大会招致の時に、福島の原発について当時の安倍晋三首相は『アンダーコントロール』と言った。2年延期の意見が出たときに、私はそれだけは絶対やらないと思った。もう1年待ったら(2022年に)汚染水のタンクがいっぱいになり、東京大会の頃に海洋に流さなきゃいけなくなるから。それを五輪の時にやるのは大問題でしょう」

 -大会の開催意義は何なのか。場当たり的に変わっているのでは。

 「五輪の原点に戻って考え直すべきという人が結構いるんだけど、はっきり言って、五輪には原点は存在しないんです」

■輪廻転生したらつぶす方に回る

 -近代五輪の父であるクーベルタンの考えや、オリンピズムがあるのでは。

 「クーベルタンは平和運動ということを言っただけ。彼自身は、女子はスポーツしない方がいいと言ったし、近代五種という競技はスウェーデンの軍隊につくってもらった。1936年のナチスのベルリン五輪を高く評価したと言われているし、晩年はローザンヌに住みナチスの年金で暮らしている。もっと面白いのは、クーベルタン自身が『もしも輪廻が存在して100年後に生まれ変わったら五輪をつぶす方に回る』と言っていた発言も残っている。五輪が彼の考えと違う方向に行ってることに腹を立てていたようです。ともあれ五輪の歴史を見ていくと、全部政治なんですよ。今回も延期と言い出したのは安倍さんですからね。IOCのバッハ会長は、それに応じる形にした」

 -五輪は本来、都市開催であって国が前に出てくるものではないはずだが。

 「IOC憲章には、4年間のオリンピアードと呼ぶ期間の1年目にオリンピック競技大会を開催すると書かれています。それと異なることをするには憲章を改正しなければならず、憲章改正には総会を開かないといけないが、コロナ禍では難しい。そこで安倍さんに言わせて理事だけ集めておいて理事会で受け入れる形を取った。これはオリンピックが政治に負けた形と言えます。IOCを支持している人に言わせると、IOCが政治を利用したという言い方にもなるけれど、政治に負けた形をわざとつくってその場しのぎをしたわけです」

 -政府は東京大会を開催するべく準備を進めている。その姿勢をどう見るか。

 「やれるならやっていい。でもやれなかったらやめなきゃいけない。今の状態は、やれなさそうでもやろうとしているところが怖い。五輪をやめる基準も決まっていない。決めておかないと、突き進むということになる。一番の問題は人数。選手が1万1千人以上、関係者が3万人ぐらい、それに観客。選手を減らす方法も考えないといけない。ところが各競技団体の希望もあり、IOCも組織委も手をつけてないようだ」

 -簡素化を打ち出したが、根幹は削れず、300億円の削減にとどまった。

 「要因は米国のテレビ局。米国のテレビ局から放送権料をもらっていて番組表を埋めなきゃいかんという発想です。そもそも今回なぜ日本で五輪をやろうと言い出したか。最初はJOC(日本オリンピック委員会)と日本体育協会(現日本スポーツ協会)ですよ。(1988年ソウル大会招致で)名古屋が負けて(2008年北京大会招致で)大阪も負けた。なんとかもう1回日本でやれないかという淡い期待があり、それに乗ったのが超党派のスポーツ議員連盟なんですよ」

■ある意味では東京の目的はもう達成

 -ここでも政治が絡んでいた、と。

 「日本のスポーツ産業の市場規模がものすごく小さくて5兆円程度の規模を15兆円程度まで増やせるはずだと。『体育』行政では成長産業にならないから『スポーツ』行政に変えるためにスポーツ庁をつくらないといけない。行財政改革が叫ばれる世の中で新しい省庁をつくるには、五輪を呼べばいい。こういう発想ですよ。それまでプロスポーツは経済産業省、体育は文部科学省、体育館やスタジアム建設は国土交通省、障害者スポーツは厚生労働省と分かれていた。1964年の前に制定したスポーツ振興法はプロスポーツやパラリンピックについて全く書いていないから、それに代わるスポーツ基本法をつくらないといけない。そうして法律が変わり、スポーツ庁ができ、体育の日がスポーツの日になり、日本体協が日本スポーツ協会になり、国民体育大会が国民スポーツ大会になる。だからある意味では東京五輪の目的はもう達したとも言えて、あとはお祭りのイベントを開催するだけ」

 -日本のスポーツ界からすると、望んでいた部分はほぼかなえられていると。

 「スポーツ産業の市場規模は今、大体8.3兆円だったかな。(2025年目標の)15兆円までもうちょっと。私は今度の五輪で、『体育からスポーツへ』というのが一番の目的だと思っていて、日本はその通り進んでいる。スポーツの一部が体育であり、それに知育と徳育が混じったのがスポーツだと考えている」

 -五輪は1984年のロサンゼルス大会以降商業主義が進んだと言われて久しい。大会が肥大化している側面もある。

 「それはある。ただ間違えて伝えられているんだけど1984年にロスがやったことは素晴らしかった。84年大会の収支を調べてみると、収入も支出も、借金が膨れあがった76年のモントリオールやソビエトが国家を挙げて開催した80年のモスクワより少ない。ロスはその当時開催立候補に手を挙げる都市がなくて、税金を1セントも使わないとロサンゼルス市議会が議決した。そこで聖火リレーも、走りたい人からお金を支払わせることにした。聖火まで商売にしたとものすごく非難があったけど、政治家や関係者が内輪でランナーを決めていたのを、お金さえ払えば誰でも走れるようにした。そうしたら聖火リレーだけでものすごい黒字。新しい建物を一切造らず、メインスタジアムは1932年のロス五輪の時の会場を改修して使った。プールや選手村はUCLAの大学施設をそのまま使った。その結果、ロスの組織委員会は黒字運営ができ、その利益で米国のスポーツ界は潤ったのです。それを見たIOCが、そのやり方を奪い取って全部IOCの利益にした。聖火リレーもスポンサーがいて、ルートは一筆書きじゃないとだめというのは、きちんとスポンサーがテレビに映るようにという配慮からです。IOCとその周りの広告代理店がもうける構図になっている」

 「1964年の五輪は大成功って言われてるでしょ。私も素晴らしかったと思うけど翌年の五輪不況の時から初めて赤字国債を発行した。それが今やすごい額になっている。今や国家予算の半分ですよ」

■すべてのスポーツ大会、五輪にする

 -アスリートは自国開催の五輪に出たいと願っている。彼らのことを考えると大会が開催された方がいいのでは。

 「それは僕にもありますよ。やれるならやってほしい。でも無理してまで感染が広がるような形でやることは、逆にアスリートにとってもマイナスだと思う。もしも中止になったら、何のためにスポーツをやっているかもう一回考え直すべきでしょうね。五輪の在り方自体、もっと大きな変化の仕方をみんなで考えるべきだと思うんです。いまは世界選手権も、ワールドカップもあるでしょ。それを全部オリンピックの名のもとに行ったら世界平和のためにもいいでしょう。4年に1回、紀元前のまねをして五輪をやることもないし、それによってIOCや広告代理店だけがもうかるようなシステムをやめて、あらゆるスポーツ大会を五輪にして世界平和を訴えた方がいいと最近、私は思いだした。そのきっかけは、テニスの大坂なおみ選手が全米オープンで黒いマスクをして優勝したのを見て。あの黒いマスクは、五輪では禁止なんですよ」

 -政治的メッセージと受け取られる。

 「そう。なぜ全米テニスでできて、五輪ではできないか。大坂選手は『スポーツマンはスポーツだけしていろというのは、IKEA(大型家具店)に勤めている人はIKEAのことしかしゃべれなくなりますよ』と言った。素晴らしい発言です。五輪がなぜ政治的メッセージを禁止しているかというと五輪そのものが政治だから。政治的な騒動に巻き込まれたくない。昨年の秋に、世界の160を超える人権団体が2022年の北京冬季五輪開催を再考するようIOCに要請した。ウイグルやモンゴル、香港での中国政府による民族弾圧や人権問題です。中国政府は、スポーツに政治を持ち込むな、と反発し、IOCは政治的問題に関わらない。でも『政治的問題に関わらない』というのも政治です。平和運動も政治でしょう。戦争が政治の延長ならば反戦も政治の延長。そういったことを五輪は全部ごまかしている」

 -京都、滋賀は東京大会の競技会場があるわけではない。この夏、開催が実現すればどう向き合えばいいと思うか。

 「五輪というのはテレビで見るもの。私の原体験は祇園町の実家の電器屋で1964年の五輪をカラーテレビで見たことでした。世界が電波で結ばれた。五輪に浸るのはどこでもできる。今回、私自身は五輪のチケットの申し込みはしないし申し込む気もない。万一、取材パスが出ると言われても行かないと思う。1998年の長野冬季五輪の時は現地に行ったけれど会場の近くまで。ぶらぶら街を歩いていたら面白い。世界中の人が集まってきているから。今年の夏に東京で五輪があったら銀座をぶらぶら歩いてみようと思います。五輪の空気が入ってくる。五輪には文化プログラムもある。文化庁が中心になっているから京都は特に関係があるはず。それも五輪だということを忘れないでほしいですね」

 ■玉木 正之さん(たまき・まさゆき) 京都市東山区出身。洛星中・高校時代はバドミントン部に所属し団体で全国高校総体に出場した。東京大中退後、ミニコミ出版の編集者などを経てスポーツライターとなり音楽評論家や小説家、放送作家としても活躍。日本福祉大の客員教授を務める。神奈川県鎌倉市在住。

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