「お茶の国」で急伸するコーヒー文化 予想覆すブームに【世界から】

 お茶の発祥地であり、伝統的にお茶を飲む文化を継承してきた中国で、今、若者を中心に空前のコーヒーブームが起きている。スターバックスをはじめとする欧米のチェーン店だけでなく、中国独自のチェーンも誕生。コンビニエンスストアのコーヒー販売、自家焙煎(ばいせん)ショップなども台頭している。北京の中心にある紫禁城にも11年ぶりにカフェがオープンした。(ジャーナリスト、共同通信特約=伊勢本ゆかり)

メインメニューのコーヒーの傍らで漢方スープを煮出している北京同仁堂カフェ(撮影:伊勢本ゆかり)

 ▽外国人中心から変化

 初めて筆者が中国へ来た10年前、上海の中心にあるスターバックスコーヒーは外国人で占められていた。チェーン店ならではの、世界共通のメニューとサービスを享受できる「安心感」は外国人には貴重なもので、混沌(こんとん)とした中国の大都会でほっと一息つける空間だった。もちろん当時から若い中国人客もいたが、彼らの注文はクリームが載ったチョコレートや抹茶ドリンク、ジュース類が主流で、コーヒーを飲む人は少なかった。彼らがわざわざコーヒーショップで、決して安くはない飲み物を買うのには理由があった。コーヒーの味は好まないものの、店のロゴ入りカップを手にしたり、カフェに着席したりといった行為自体がファッションであったからだ。

 ▽奮闘するチェーン店

 老若男女が茶葉を入れたマイボトルを持ち歩き、特に若い世代にはタピオカやフルーツ入りの甘いミルクティーが定番だった当時、コーヒー専門店が中国に根付くことには懐疑的な意見が多かった。撤退していくチェーン店も多く、コーヒー専門店はどこもお茶のメニューが必ずあり、飲み物としてのコーヒーは人気がなかったからだ。だがその後状況は一変する。

サンフランシスコから上陸したチェーン店は北京でも連日大賑わい(撮影:伊勢本ゆかり)

 ドイツのオンライン統計会社「Statista」によると、2010年の中国でのお茶の消費が約45万トンであったのに対して、コーヒーはその10分の1、それもほとんどがインスタントコーヒーだった。しかし5年後の2015年にコーヒー消費量は1・6倍の約7万トンへと増加し、特にレギュラーコーヒーが占める割合は毎年約20%ずつ増加した。10年前に500弱だった中国国内のスターバックスコーヒーの店舗数は、2021年現在4700を超え、来年度末までに6000店舗へと拡大する予定だという。

 もともと、中国には日本の喫茶店や欧米のカフェのような空間がなかった。あるのは「茶館」と呼ばれる本格中国茶の店で、茶葉は最低でもコーヒーの3倍以上の値段だったため、気軽に立ち寄る場所ではなかった。茶館は主に年長者など、時間とお金に余裕のある層が利用するイメージで、カフェや喫茶店とも趣が異なる。かつて若者はミルクティーを手に、飲み歩きをするか、道端や公園でくつろいだり、レストランで食事をしたりして友人との時間を過ごしていた。

上海にある伝統的な茶葉の販売店(撮影:伊勢本ゆかり)

 そこへ登場したコーヒーショップの手軽さ、空間の心地よさが一気に若者の心をつかんだようだ。留学や駐在で外国のカフェを経験した人々が西洋文化の習慣を持ち帰ったことや、新しいモノに対する若者たちの旺盛な好奇心、また経済の急成長による中間層の増加も原因だろう。

 ▽流行を超えて進化

 単なる若者向けファッションの一部としてとらえられていたコーヒーは、大方の予想を覆してブームを巻き起こした。今では、ファストフード店やコンビニエンスストアが低価格の本格コーヒーに力を注ぎ、個人経営の自家焙煎やハンドドリップにこだわったショップも続々オープン、高品質のコーヒーが味わえる個性ある雰囲気のカフェとなっている。一方欧米のコーヒーチェーンは「プレミアム」店舗を中国国内で次々と開店、スターバックスコーヒーは、面積が世界一の店舗を上海にオープンするほどの力の入れようだ。

バリスタの研修を受けたスタッフが目立つようになった北京のコーヒーショップ(撮影:伊勢本ゆかり)

 ▽歴史遺産にも入り込む

 北京では昨年、創業350年以上の老舗漢方薬局「北京同仁堂」が満を持してカフェをオープン。「若者と漢方薬をつなぐカフェ」と店長が語る通り、1階はポップなデザインのカフェだが、2階では漢方医が常駐し診察や調剤を行う、通常の漢方薬店として機能している。カフェは羅漢やクコの実を加えた健康志向のコーヒーが売りで、オープンキッチンでは、体に良い「薬膳スープ」を煮出しているが、売れ筋はやはりコーヒー。ブレンドされた漢方成分は控えめで、効果はともかく飲みやすいのも人気の理由だ。また北京では2018年末に明・清王朝皇宮の紫禁城、今年1月には世界遺産の天壇公園が園内にカフェをオープン。それぞれ600年もの歴史がある史跡に、いよいよコーヒーが進出したと話題になっている。

 ▽中産階級の底力

 手打ち牛肉麺2杯分近い値段の1杯のコーヒーに魅せられる中国都市部の若者たち。2000年に総人口のわずか3%だった中産階級は2018年には50%を超え、今後より一層生活が豊かになると予想される。また脱貧困を最優先課題に掲げてきた中国政府は昨年末、「農村部における1億人近い人々が予定通り貧困脱却を実現した」と宣言した。増強する中国14億人の消費力は、世界市場を動かしかねないパワーがある。コーヒーの次はどんなブームが巻き起こるのか、世界中が注目している。

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