ユネスコ無形文化遺産〝高山祭の屋台行事〟の舞台「古い町並」に若者の新コミュニティー誕生!

[岐阜県高山市]

 古都の風情を今に伝える岐阜県高山市が〝若者による未来のまちづくり〟に動き出した。国指定の重要伝統的建造物群保存地区「古い町並(まちなみ)」にある大規模な町家を再生し、伝統文化の魅力を体感できる若者らのコミュニティー施設「村半(むらはん)」としてにぎわいを見せているのだ。

 ※「村半」ホームページ

   https://www.city.takayama.lg.jp/shisei/1008717/1011761/index.html

 「おかえり、寒かったでしょう」「今日も来てくれてありがとう」

 夕刻、次々とやってくる高校生たちを「村半」の専従スタッフ・赤尾めぐみさん(42)が笑顔で迎え入れる。

 ここは、高山市の中心市街地にある「古い町並」の大規模な町家を公有化し、再生させたまちなかの拠点施設だ。「村半」の愛称は、明治・大正期に養蚕業などを営んだ所有者の豪商・村田半六の屋号に由来する。

 繭をなりわいとした痕跡は、「まゆ市場」として利用された吹き抜けの大空間をはじめ建物内の随所に見ることができる。

 「村半」の座敷に置かれた長持(大型の衣装箱)を再利用したガラステーブルは、屋台修理を手掛ける職人が漆塗りや彫金を施している。地元工業高校が製作した木製の椅子が据えられ、地元の木工メーカーが「飛騨春慶」の製法で仕上げた春慶塗のペンダントライトが柔らかな明かりを落とす。施設を利用する市内外の若者に「飛騨高山」の魅力を伝えようと徹底的にこだわった。

 「『村半』では、昔の人々の暮らしを伝える一方で、意匠性の高い上質な『飛騨の家具』や洗練された照明、映像、音響、通信設備が整い、現代の快適さや便利さが調和して取り入れられています」と赤尾さん。

 2020年7月1日の開所から半年が経過した。来訪者は観光客を含めて約1万2千人(1日あたり約80人)。コロナ禍では比較的健闘している状況だ。

 地元高校生が自習やフリーWi-Fiを活用したリモート学習に使ったり、市内の商店街組合や福祉関係団体が話し合いの場に利用したりしている。高校生の仲良しグループが気軽に映画鑑賞会や誕生会を開くようになり、琴や三味線、茶道、俳句をたしなむ交流会も徐々に増えて、年代を超えたコミュニティーになりつつある。

 イベント会場としても好評だ。「飛騨の家具フェスティバル」(主催・飛騨木工連合会)の展示会場の一つとして利用されたほか、民間有志による高校生向けの教育プログラム「飛騨ジモト大学」も開催され、多彩な交流の輪が広がる。

 高山市はなぜ、伝統建築と若者という「古いもの」と「新しさ」の象徴のような両者を結び付けようと考えたのか。

 高山市を含む飛騨地域(岐阜県北部)には4年制大学がなく、故郷を離れて進学し、卒業後も多くは地元へ戻らない。大学へ進学しない若者も、希望の職種や都会暮らしへの憧れから市外へ流出するケースが後を絶たない。このため、高山市の人口ピラミッドは20代前半が大幅にくびれ、子どもを産み育てる年代が細ることにより人口減少に拍車が掛かる-そんな構造的かつ深刻な地域課題が根強くある。

 「村半」の取り組みにはこんな思いがある。

 「伝統文化の息づく土地に生まれ育ちながらその魅力を知らずに育ち、若者が地域とのつながりを十分持たずに故郷を離れてしまう現状を変えたい。そして、観光や学習のために訪れる国内外の人たちに『飛騨高山』の魅力を伝え、根強いファンを獲得したい」

 「村半」の整備に2017年度から3年を費やした。まず、地元高校生を含む公募市民約100人に学識経験者を交え、勉強会やワークショップを繰り返して整備内容を決定した。19年度以降は、地域やNPO代表ら10人で構成する検討会で議論を重ね、施設運営を進めている。徹底した市民参加型の協働にこだわった。

 スタッフの赤尾さんは言う。

 「『村半』は、繭や生糸に縁の深い建物。ひととひと、ひととまちを結び付ける場所です。コロナ禍のような厳しい社会情勢の中でこそ、関わる人々が糸で紡がれ、絆が限りなく広がっていくことを確信しています」

岐阜県高山市の「古い町並」に誕生した新拠点「村半」(むらはん)の外観
「飛騨高山」の魅力あふれる調度品を備えた村半内の座敷
村半で開催されたITセミナー
村半の中庭に集まった「ひだ!高校生会議メンバー」