インクルーシブ教育はナンセンス バンコクで“スペシャルニーズ”の子どもたちの学校をやる理由

「スペシャルニーズ」は、日本では障害者と訳されることが多いですが、海外では厳密に違う言葉として使っています。その「スペシャルニーズ」の子どもたちに迎えた学校をタイ・バンコクで運営しているHashi校長先生に、学校の様子などについてインタビューしました。

“スペシャルニーズ”の子どもたちのための学校

ヴィレッジ・インターナショナル・エデュケーションセンター(Village International Education Center、以下VIEC)は、全校生徒数25人程の学校で、”スペシャルニーズ※の子どもたち(children with special needs )”の通う、日本でいうところの「特別支援学校」です。

バンコクで日本人も多く住む中心街、エカマイ地区の閑静な住宅街の中にあるVIECのHarshi Sehmar校長先生を訪ね、インタビューしました。

※「スペシャルニーズの子ども」とは、広義では「幼児から就学年次の発達障害(LD、ADHD、ASD)を含む、精神および身体障害のある子ども」を指します。しかし狭義では、いわゆる「障害者」とは区別されています。また、欧米をはじめとする海外の児童教育の現場では「スペシャルニーズの子ども」は広く使われ言葉であり、「障害者」「障害があるひと」とは完全に区別されていることから、本稿ではインタビュイーのニュアンスを活かすという意図で、この言葉(「スペシャルニーズの子ども」)を使用しています。

先生自身もディスレクシアの当事者

——こちらの学校が設立されたのは1999年ということですが、校長先生(以下、Hashi先生)が設立者ですか。

Hashi先生 はい、そうです。大学を出てイギリスで働いたのち、この学校を設立しました。私自身がディスレクシア(読字障害)の当事者です。

※ディスレクシアは、1896年にイギリスのMorgan先生が最初に報告した文字の読み書きに限定した困難さをもつ疾患。知的能力の低さや勉強不足が原因ではなく、脳機能の発達に問題があるとされている。有病率は対人口比5~17%(推定)(参考)

——先生のご経歴などを詳しく教えてください。

Hashi先生 私はイギリスで生まれ育ちました。12歳のとき、担任のEstelle Morris Coventry先生(以下、Morris先生)が私のディスレクシアを見つけてくれ、内気な私の人生が一変しました。そして今現在、スペシャルニーズの子どもたちの教育に携わる仕事についています。

Morris先生は、私が授業で勉強を教わっていた当時は、普通の学校の先生でした。しかし今では、イギリスの政治の世界で活躍する著名人になっています。私にとって誇りであるとともに、かけがえのない恩師です。

——12歳で転機を迎えたのですね。それまではどんな少年時代だったのでしょう。

Hashi先生 私はとてもシャイな性格でした。人と話すことを好まず、一人でいることが好きでした。しかしMorris先生が学校で、私がディスレクシアであることを見つけてくれたおかげで、結果的にその内気な性格も変えることができたのです。

Morris先生はまず、家庭訪問をしに我が家にやってきました。そこで、私と家族とのかかわりなど、多くのことをモニタリングしました。そして、ディスレクシアの私のために、環境を調整する必要があることを両親に伝えてくれました。具体的には「学校の課外活動でいろいろなことに挑戦させてあげることがこの子の育ちにとって必要である」ということを話してくれたのです。

今になって思えば、Morris先生が家庭訪問をして、両親を説得してくれたのも、当時としてはとても珍しいことだったはずです。しかし、ディスレクシアに人一倍理解のあったMorris先生は、家庭の理解を含む環境調整こそが、発達段階のスペシャルニーズの子どもにもっとも重要なことをわかっていました。Morris先生の合理的な配慮があって、家庭訪問が叶ったのだと思います。

私の生活環境は、Morris先生のアドバイスで次々、私の「潜在能力」が発揮されるように整えられていきました。

私はMorris先生の提案のうち、2つのことに挑戦することになりました。ひとつはスカッシュというスポーツ、もうひとつは演劇です。私が当時もっとも楽しかったのは演劇でした。

トム・クルーズもディスレクシアを公表

——演劇は、ト書きを読んでセリフを覚えるなどもあり、ディスレクシアがあると大変な印象がありますが、そうではなかったのですか?

Hashi先生 ハリウッドで活躍している俳優のトム・クルーズさんもディスレクシアを公表していますが、読めることと演じることを無理につながなくても大丈夫なんです。ト書きを理解するのに、「読むこと」をメインに行わなくても覚えることはできます。舞台で他人と関わり、自分が納得いく表現を追求し、観る人に感動を与える存在になることは、ディスレクシアがあってもできます。

むしろ、私は非言語の領域を使ってコミュニケーションがとれることを演劇を通じて知れたので、自分のことが好きになりました。次第に性格も、明るく社交的になったと思います。

——言われてみればHashi先生ご自身、美しい立ち居振る舞いが魅力的で、俳優さんのようですね。その後はどのような進路をたどられ先生になったのですか?

Hashi先生 高校を出てから、アサンプション大学とチュラロンコン大学の2つの大学に行き、最終的には教育学の修士課程を修了しました。そのあとロンドンに戻って3年間、特別支援学校の教壇に立っていましたが、現場の先生と温度感が違いとても苦労しました。

インクルーシブ教育はナンセンス

——現場の先生同士、どのような温度差があったのでしょう。

Hashi先生 最初にお話しした通り、私はディスレクシア当事者です。恩師のおかげで学問を修め、晴れて現場で教えることになりましたが、正直いうと新米教師だったころは、心はずっと曇っていました。現場にいた多くの先生方は、新卒で初めてスペシャルニーズの子どもたちに本格的に接します。歯に衣着せずいえば、同僚である彼らは、とても「頭でっかち」に感じたのです。アセスメントひとつ取るにしても、当事者の私とはアプローチの仕方もまっつぁく違っていました。

少し話はそれますが、たとえば、大きな学校には詳細な仕組みがありますが、裏を返せば大きすぎて、すべてのニーズをサポートしきれない部分が必ず出てきてしまうという側面もあります。

今、世界的な教育学の観点では、「インクルーシブ教育(健常児とともに障害児が学ぶこと)」ということがいわれてもいて、スペシャルニーズの子どもたちを定型発達の子たちの学校に組み込んで、合理的配慮で解決していこうという流れがありますね。しかしこれは、当事者の私から言わせるとまったくナンセンスだとも思うのです。

——日本ではインクルーシブ教育の推進がいわれています。Hashi先生は、どのような点でそれがナンセンスだと思われているのですか。

Hashi先生 定型発達とスペシャルニーズの子どもの世界観は、宇宙の星々に例えるなら「同じ惑星でもまったくすれ違うことのない彗星」です。はたから見たら同じようでも、たどる軌跡も速度もまったく違っています。小さな施設で専門家の複数の視点でしっかりアセスメントをとってはじめて、光る星もあることは確かです。

多くの専門家が生徒と密につながっている

——イギリスの職場を離れてから、現在の学校を作られたということですが、どういった体制で子どもたちに教えているのですか。

Hashi先生 同校には、心理療法士、言語療法士、作業療法士、児童心理学者、カウンセラーなどの専門家が、25人の生徒と密につながっています。個別にLineグループを使って、専門家と親御さんをつないで、日々の活動内容や、子どもの成長について報告しているのです。専門家はそれぞれ、専門分野からの評価(アセスメント)をそのグループチャットで投稿しています。

グループチャットには、両親のほかに同居する家族やお手伝いさんなども含まれ、スペシャルニーズの子どもの成長を多くの大人で見守り、言語化しあう仕組みを整えています。

それぞれの報告内容は、集計後生徒名を匿名化した状態で提携先のロンドンの学校法人(研究機関)とクラウド上で情報を共有しています。共同アセスメントの日にちはあらかじめ設定されており、そのスケジュールに従い、互いにアドバイスし合うこともあります。時には比較的難しい専門書の内容を保護者の方にも参照してもらいながら進めています。

——画期的なシステムのように思われますが、学校設立時から既に世の中にあったものなのでしょうか。

Hashi先生 の設計は基本的にすべて私が作りました。幼い時恩師からディスレクシアのサポートを家庭訪問から始めてもらったように「スペシャルニーズの子の親と学校のコミュニケーションはアプローチの仕方の工夫が大切である」という考えがベースになっています。

親も学校とのやり取りを通じてスペシャルニーズについて日々学んでいくことが大事です。時には友達のように学校と密につながる必要があるとも考えています。

これはなにより当事者である私が一番しっくり来ている設計です。「周りの大人が垣根を取り払い一丸となって知恵を絞り、スペシャルニーズの子どもの世界観を変える」というところにフォーカスししています。すなわち、自分が通ってきた軌跡をたどりながら、学術的根拠と科学的な視座にもとづいて作られているのです(ポリシーについて、詳しくは のサイトをご覧ください)。

日本からも視察に来てほしい

——日本人のお子さんはいますか?

Hashi先生 当校には約8%、日本人の生徒がいます。

——教育関係者含め、海外から視察や見学などは来ますか?

Hashi先生 アジアではシンガポールでスペシャルニーズ教育が盛んなので、よく視察に来られます。ご存じの通り、シンガポールは世界的に見てもエリート教育が盛んなので、スペシャルニーズもそういったエキスパートを輩出するための一つの取り組みとして注目されていて、教育者の育成にも熱心なようです。

日本人はお陰様で生徒さんはいますが、教育関係者が視察に来るといったことはほとんどありません。教育熱心な韓国やマレーシアも、スペシャルニーズ教育に対してはあまり盛んではないようで、めったにお話をいただくことはありません。ぜひほかのアジアの国の方々にも当校を見に来ていただけたらいいなと思っています。

——学費(年間900,000THB、日本円で約316万円)が一見高額であるようにも感じますが、助成金など対応していますか。

Hashi先生 けむに巻くような表現で恐縮ですが、基本的に親御さんからの学費のご質問に対しては「ロビンフッドの寓話はご存じですか?」と、お答えしています。当校の目的や学校の内容を気に入ってもらえれば、お金のことは知識があれば後からついてきます。

通学されている生徒の親御さんのなかにも、実費を全額自己負担でお支払いされている方、助成金や補助金の財源を確保されて入学をしている方と、入ってから知識を得てそういったスポンサーを得ている方など、さまざまな方がいます。とくに当校で助成金のあっせんなどはしていませんが、参考になさってください。具体的にご質問があれば、いつでも当校までお問い合わせください。

学校ホームページ

Village International Education Centre For Special Needs Children

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