ガム噛みながら練習する子どもたち “型破り”な野球塾が支持されるワケ

野球塾を主宰している長坂秀樹氏(左)【写真:小西亮】

米国など4か国でプレーした元投手、中日・小笠原慎之介も指導

練習の合間にポイッとガムを口に放り込んだ子どもたちは、モグモグさせながらバットを懸命に振る。指導者は怒るどころか、さらに盛り上げるように言う。「打つ瞬間に風船が作れたらバッチリだね! 絶対、写真使ってもらえるよ!」。野球塾で過ごす1時間半。とにかく全員、笑顔が絶えることはない。【小西亮】

65平米ほどのビルの一室で、毎日繰り広げられる光景。神奈川県藤沢市の駅近くにある「Perfect Pitch and Swing」では、小中学生を中心に約120人が受講する。レッスンは週1回。マンツーマンの「プライベート」は年々需要が増し、今では3分の1程度にのぼる。

「最初のころは『教えて上手くしなきゃ』と思っていました。今はヒントを散りばめて、子どもたちが自分で答えを見つけるのを待てるようになりましたね」

2011年に開講して丸10年。指導する長坂秀樹さんは「狭いんで、そろそろ新しい場所に移りたいんですが……」と頭をかく。東海大三(現・東海大諏訪)時代にエース右腕として夏の甲子園に出場。大学卒業後は米国やカナダなど4か国でプレーした最速152キロの独立リーガーだった。

ボーイズリーグの強豪「湘南クラブ」でコーチをした時期もあり、東海大相模から中日にドラフト1位で入団した小笠原慎之介投手も指導。「どうしたら速い球を投げられますか?」と目を輝かす左腕にメジャー流のトレーニングを伝え、甲子園優勝投手の素地を築いた。野球とはまた違う“ベースボール”を肌で感じてきた経験が、指導内容や考え方に色濃く反映されている。

「教えられたことに、すぐ『はい』と頷かないでいいよと言っていますね。僕が言っていることだって疑えと」

監督、コーチからの指示に、直立不動で返事をするしかなかった自身の若かりし時代。練習の意図すら理解することなく、ただ数をこなしていた我慢の記憶は今も残っている。海を渡って米国の子どもたちと接する機会があった時、次から次に質問の挙手があることに驚いた。「なんで?と思って、自分で理解してやらなきゃ身につきませんからね」と言う。

野球塾で練習を行う子どもたち【写真:小西亮】

「いい選手は、いいコーチを見つけるのが上手い」怠らない向学心

“いい選手は、いいコーチを見つけるのが上手い”がモットー。だから指導者として、向学を怠るわけにはいかない。「子どもたちからの質問に『いいからやれ!』という指導者は、1番ダメはケース。答えられなかったこちらの勉強不足だし、僕は正直に『調べるから時間をくれ』と言うようにしています」。自らが思う正解を押し付けることが指導とは思わない。

決して「野球<ベースボール」だとは思っていない。基本を蔑ろにするつもりもない。ただ、今まで疑いもなく教えられてきた“過去の常識”を見つめ直す。「ゴロは必ず、左足を前に出して体の正面で捕れ」。そう少年時代に耳にタコができるほど言われてきたことだって、正解とは限らない。

「守備で大切なのは、アウトを取ること。正面で捕ることを優先してセーフになったら意味がない。一か八かでアウトにできるタイミングなら、僕はどんな捕り方だっていいと思っています」

だから逆シングルだって、ジャンピングスローだって教える。指導者によっては「横着するな」と叱るかもしれない。ミスすれば「ほれ見たことか」と基本徹底を説かれるかもしれない。だが米国では、全く違う言葉をかけられるという。

「アメリカの場合は『ナイストライ』って言いますね。じゃあ次は、そのプレーができるように練習しようとなります」

所属するチームで怯えながらプレーする子も…“野球は楽しい”本質伝える

ミスを肯定的に捉えるか、否定的に責めるか――。その差が生まれる原点は、どの世代もトーナメントが主流の日本と、リーグ戦が多い米国の違いだと長坂さんは見る。「負けたら終わりの状況で、ミスは許されないという考えになるのは仕方ないですね。当然、控えの選手を試すこともできず、勝てるメンバーを結果的に酷使することにもなる」との持論がある。

だからこそ野球塾では、“野球は楽しい”という本質を求める。ガムを噛みながらやるのだってそう。「少年野球のチームや高校の部活では絶対無理ですからね。ここでしかできない経験でしょうし、何よりメジャーリーガーっぽいじゃないですか」と笑う。

受講する子どもたちの多くはチームに所属し、技術向上の補助的役割を求めて野球塾に通う。チームでは控えに回っている子も少なくない。指導者から怒られないために怯えながらプレーをしている姿もにじむ。いつの間にか“やらされている”感覚に陥っている子たちに、新たな考え方を提示したい。

レッスンの時間は、あっという間に過ぎていく。ある子がプクーっとガムを膨らませ、トスされたゴムボールをジャストミートした。長坂さんは、誰よりも無邪気に喜んで言う。

「完璧じゃん! 最高のスラッガーだ!」(小西亮 / Ryo Konishi)

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