東京パラ「延期は選手の罰ゲームでない」 「喪失体験」乗り越えコロナ禍も対応 河合純一団長に聞く

 新型コロナウイルスで1年延期された東京パラリンピックは2月24日で開幕まで半年を迎えた。 「全盲のスイマー」としてパラリンピック6大会に出場し、金メダル5個を含む21個のメダルを獲得 した日本パラリンピック委員会(JPC)の河合純一委員長(45)は日本代表選手団の団長を 務める。夏季大会で日本チームを障害者スポーツの元選手が率いるのは初めて。パラアスリート界のレジェンドがこのほど共同通信のインタビューに応じた。(共同通信=田村崇仁) 

インタビューに答える日本パラリンピック委員会の河合純一委員長

 ▽「金」20個へ「人間の可能性の祭典」

 「五輪は平和の祭典。パラリンピックは人間の可能性の祭典」と表現する河合団長。金メダル20個と高い目標を定めた大会に向けて「1年延期はある選手にだけ科された罰ゲームではない。 多くの障がい者は何らかの『喪失体験』を経ており、どんな変化でも柔軟に受け止める姿勢がある。彼 らのメッセージはコロナ禍で強さを増していくはずだ」と選手の競技を通じた発信力と揺るぎない精神力に期待を込めた。

全豪テニス車いすの部男子シングルス準決勝でプレーする国枝慎吾=2月、メルボルン(共同)

 ▽コロナ禍でもコミュニケーション「密」 

 ―長引くコロナ禍で社会は疲弊し、医療崩壊の危機も叫ばれる中、東京五輪・パラリンピックへの風当たりは依然として厳しい。特にパラ選手は呼吸器系の疾患を抱える一部選手が感染時に重症化リスクが高まると指摘されており、不安を抱えるアスリートもいる。モチベーションの維持、メンタル面でのケアはどうか。

 医科学情報サポートチームがJPCの中にあって、昨年春の緊急事態宣言が出てからオンラインセミナーも継続してやってきた。われわれが競技団体、コーチ、アスリートたちにできることはしっかりと取り組んでいる。1年延期は世界中のアスリートにも同様に起こっている現象だ。私も未体験のことなので、大なり小なり不安はある。やはり自分たちがどう受け止めていくか、その中でどう捉えて、今できることは何なのか。ゴールに向けてやるべきことを見極め、対策を講じていくことが大切だろう。

 ―この1年での変化、本番への心境は。

 世界の状況も大きく変わり、国内もいろいろな変化がある中で、オンラインを使ったミーティングの頻度を上げてコミュニケーションを『密』に取るということができるようになった。JPCと競技団体という関係性もそうだし、JPCとアスリートという接点もつくることができた。そういう意味で新たなチャレンジとか、変わらざるを得なくて変わったことも含めて、大きく動いてきている部分だとは思っている。

 ▽リフレッシュ期間と捉える選手も

 自国開催の大舞台に挑む日本代表には11競技で約60選手が内定している。新型コロナウイルスが収束せず開催には逆風が吹くが、どんな困難も克服する道はあると人々に希望を与えるのがパラリンピックだ。車いすテニスの国枝慎吾(ユニクロ)や上地結衣(三井住友銀行)をはじめ、競泳男子のエースでパラリンピック銀、銅メダル計6個を持つ全盲の木村敬一(東京ガス)、マラソン視覚障害女子で世界記録を持つ道下美里(三井住友海上)、団体戦のチーム(脳性まひ)で2大会連続メダルが懸かるボッチャの杉村英孝(伊豆介護センター)ら有望選手は多い。

昨年12月の防府読売マラソンの視覚障害女子で世界新記録をマークして優勝した道下美里=キリンレモンスタジアム陸上競技場

 ―選手強化の現状は。

 1度目の緊急事態宣言が出た昨年春はさまざまな活動が一度止まったが、競技ごとのスポーツ活動再開ガイドラインの作成を支援しながら、今は良い状況を維持できている選手やチームが多い。日本ではハイパフォーマンス・スポーツセンターなど、他国と比べても練習する環境は確保できている。一時的にはどうしてもモチベーションを含めて下がったところがあると思うが、ある意味、いいリフレッシュ期間と捉えている選手もいる。競技に取り組むことが許されている状況は、感謝してもしきれない。

―「金」ゼロだった前回のリオデジャネイロ大会から4年で手応えは。

 全体として有力な選手は微増しているなと思う。激増というほどでもないかもしれないが、増加傾向は少なからずあって、注目を浴びながらここまできた。選手数がそもそも少ないから、適切な指導とか、リソース(資源)を投入して引き上げていくという取り組みが必要不可欠。普及、発掘、育成、強化というフェーズ(段階)をしっかり分けて『アスリート育成パスウェイ(道筋)』というものをしっかりと作りあげていく。それぞれの競技ごとだと思うが、普及や発掘の共通部分はJPCとして競技団体に協力していきたい。

 ▽社会的な価値発信を

 ―それでも東京大会へ向け、課題は多い。

 選手村の滞在期間が限定され、合宿地や会場からの移動で新たなルールが設けられた。全てを今まで通りにやるということが難しい中で、何を最優先に守っていかなければいけないのか。あらゆることを想定して準備しているが(感染状況など)いろいろな要因が変わってくると、当然変更しなければいけない。最終的に6月ごろになる日本代表選手団の決定に向けて、一つ一つの変化に対応しながら粛々と準備を進めていく。

 ―財政的な不安を訴える競技団体も少なくない。

 スポンサー企業も大変厳しい状況の中で、どう向き合っていくかが重要だ。競技を通じて社会的な価値をアスリートや競技団体がしっかり発信する必要がある。

 ▽「ミックスジュースより、フルーツポンチ」

 2016年に日本人として初めて国際パラリンピック委員会(IPC)の殿堂入りを果たした河合氏は「真の共生社会」の実現を掲げ「個性を互いに生かし合える社会」を目指す。「例えるならミックスジュースみたいにフルーツごとの個性をすりつぶして混ぜ合わせていくのではなく、フルーツポンチのように一つずつの個性を生かし合って、混ざり合う。お互いの良さを生かし合える社会」を理想に掲げる。

2004年9月、アテネ・パラリンピックで金メダルを獲得し喜ぶ河合純一(共同)

 ―コロナ禍でパラリンピックが示す価値とは。

 パラリンピアンだけではなく、日常にいる障がい者の方も何らかの「喪失体験」をしている。ついつい、利己主義とか刹那主義っぽくなりがちな昨今、改めていろいろな当たり前を疑っている状況だと思う。毎日、満員電車に揺られて仕事に行くことが当たり前だったのが、そうではなくても仕事ができるとか…。競技会が当たり前のように実施される時代ではない。多くのパラリンピアンは何らかの「喪失体験」というものを障がいによって直面せざるを得なかったというのが一つの特長だと思う。そういうメンタル面とか、考え方、切り替え方というものが1年延期というものも柔軟に受け入れる姿勢になっているのではないかな。今はニューノーマルが求められる時代で、そんなパラリンピアンの鋼のようなメンタリティーを再認識するきっかけになる。

 ▽地域と中央、パラ競技とそれ以外との格差

 ―コロナで河合さんの生活も変わりましたか。

 1年前の今頃、僕はめっちゃ走っていたんですよね。東京マラソンに出る気だったので。それに比べると、スポーツができない、やりにくくなって。一般の障がい者はしにくいと思いますね。一時期なんかは、一緒に歩いていると、密だとか密接だとか言われたりとか。視覚障がいの方に声をかけにくいとか、あったじゃないですか。

 ―大会後のスポーツ振興について、障害者スポーツの将来像は。

 東京パラはこの国にいる障がいのある方がいつでもどこでもスポーツを楽しめるような社会になるための大きなきっかけになる。JPCとしては、大きなチャンスをいただいて、この6、7年で準備をすることができたから、一定の成果は出せると思っている。ただこの6、7年の中で、大きく地域と中央との格差とか、パラ競技とそれ以外との格差というものがおのずと出てきてしまった。われわれが得た好事例、体験というものを日本全体にどう広げるかということこそが、次のポスト東京大会の大きな取り組みとしてやっていかなければいけない。

2016年9月、リオデジャネイロ・パラリンピックの聖火リレーで、笑顔でトーチを持つ日本パラリンピアンズ協会の河合純一会長(共同)

 ―24年パリ大会、28年ロス大会に向けて。

 2020東京に向けての強化が集中したことによって、2024年パリ大会、28年ロサンゼルス大会を見据えた取り組みというところが十分だったかを含めての検証も必要でしょう。改めて注力して取り組まなければいけない。本来であれば、2021年から取り組めたのに、24年まで3年しかないということも起こるし、当然冬の大会もすぐに来るから、さまざまなことに対応できる組織にしていかなければいけない。やることはたくさん。国の方も第3期のスポーツ基本計画の策定というのが大きなテーマになってくる。そういったところにも一緒になって日本の東京五輪・パラを成功させた後のスポーツを通じた人づくり、社会づくりというところに貢献していきたいと思っている。

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 河合 純一(かわい・じゅんいち) 生まれつき左目の視力がなく、15歳で全盲となった。パラリンピックの競泳で92年バルセロナ大会から6大会連続出場し、日本人最多21個のメダルを獲得。母校の静岡・舞阪中で教師を務めた経験も。差別や偏見のない共生社会の実現を目指し、衆院選、参院選に立候補したこともある。2016年に国際パラリンピック委員会(IPC)殿堂入りを果たした。早稲田大卒。45歳。静岡県出身。

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