亡命ウイグル族に迫る中国強制送還の脅威 「第2の祖国」トルコ、対中関係を重視

 「とても悲しくて、おそろしい」。トルコで暮らす亡命ウイグル族が、中国に強制送還される懸念を深めている。近年トルコは対中関係を重視。中国政府の情報に基づく警察のテロ捜査が増加していると指摘され、国会では中国との犯罪人引渡条約の批准手続きも進んでいる。トルコ系イスラム教徒の少数民族にとって「第2の祖国」と呼ばれるほど安全な避難先だったはずのトルコに、中国の影響力が拡大している。(共同通信=橋本新治)

トルコの首都アンカラの中国大使館前で、家族の写真を掲げ抗議デモに参加するウイグル族の人たち=2月3日(共同)

 ▽テロ捜査

 今年1月、最大都市イスタンブールでウイグル族の住民少なくとも10人がテロ組織に関与した疑いで拘束された。支援団体「国際難民の権利協会」のイブラヒム・エルギン弁護士によると、警察に情報提供していたのは中国政府だった。捜査記録を確認したところ、中国がウイグル独立派「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」のメンバーだとして送還を求めていたという。ETIMは中国だけでなく、国連もテロ組織に認定しているが、エルギン弁護士は「確かな証拠は見つかっていない。中国はウイグル族の送還を求めるために中傷作戦を進めている」と指摘する。今回の10人の一部は既に釈放され、2月半ばの時点で実際に送還された住民はいない。ただここ数カ月で同様の拘束が増えているという。

 トルコは民族的にも宗教的にも近いウイグル族を擁護し、中国政府の弾圧を批判してきた。2009年の中国新疆ウイグル自治区で起きたウルムチ暴動の際にはエルドアン大統領(当時は首相)が中国の対応を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と非難し、19年にはトルコ外務省がウイグル族収容所の閉鎖を求める声明を発表した。トルコのウイグル族受け入れは世界最多の約5万人に上ると指摘されている。トルコから自治区に戻ったり、残してきたりした家族と連絡が取れなくなるウイグル族の人々が相次ぎ、首都アンカラの中国大使館や、最大都市イスタンブールの中国総領事館前では抗議デモが繰り返されている。

 ▽経済連携を重視

 近年トルコは経済連携を重視し、中国に対する批判は限定的になっている。中国はトルコの主要輸入相手国となり、トルコは中国の掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」を支援する。エルドアン大統領は中国の習近平国家主席と首脳会談を繰り返し、19年に北京を訪問した際には「(ウイグル族は)中国の発展繁栄の中で幸福な生活を送っている」と中国のウイグル政策を評価したほどだった。新型コロナウイルスのワクチンを巡っては、中国の製薬大手、科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が開発したワクチンに依存している。

 連携は司法分野にも広がっている。両国は2017年5月に犯罪人引渡条約に署名し、昨年12月26日、中国が全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会で批准した。トルコ国会では批准手続きが棚上げされていたが、夏まで続く現在の国会会期中に審議される見通しだ。エルドアン政権はウイグル族の権利を守ると強調するが、懸念は広がっている。中国からの新型コロナのワクチン供給が一時遅れたことがあり、野党議員の中には、ワクチン供給はトルコの条約批准の見返りではないか、と政権を追及する声も出ている。

トルコのエルドアン大統領(左)と握手する中国の習近平国家主席=2017年5月13日、北京(共同)

 ▽「追い返されるのか」

 条約批准に向け、エルドアン政権はジレンマにも直面している。現在、与党の公正発展党(AKP)は国会で単独過半数に届いていない。極右のトルコ民族主義政党と与党連合を組み、過半数を確保しているため、政権運営は民族主義に傾斜してきた。民族主義支持者は亡命ウイグル族に対する同胞意識が強く、支援する立場の人々が多い。対中関係を重視してきたエルドアン政権だが、条約批准は国内支持層の反発をまねく可能性をはらんでいる。

 2月上旬、トルコ首都アンカラの中国大使館前で、連絡が取れない家族の写真を掲げるウイグル族の人々十数人が抗議デモを行っていた。妹の写真を持っていた女性のメディネ・ナジムさん(37)は「ウイグル族としてこの条約は私の名誉を傷つけるものだ。とても悲しく、おそろしい。国会で批准されないように望んでいる。私たちの安全と生活は条約に脅かされるだろう。中国の圧政を逃れてきたのに、追い返されるのだろうか。批准されれば、全てのウイグル族が悲しむことになるだろう」と訴えた。

中国大使館前で抗議するウイグル族の人たち=2月3日(共同)

© 一般社団法人共同通信社