「アナリスト」育成しW杯優勝の夢実現へ 杉崎さん、データで勝利に貢献

 サッカーで対戦相手を分析するアナリストとして2019年に横浜MのJ1優勝を支えた杉崎健さん(37)は今年からフリーで活動し、後進の育成を始めた。日本がワールドカップ(W杯)で優勝するという夢を実現させるため、有料のオンラインサロンを開設し、分析のノウハウや面白さを発信している。アナリストとなった経緯や活動の目的について聞いた。(共同通信=大島優迪)

後進育成に励むアナリストの杉崎さん(フットボリスタ提供)

 ▽組み合わさる感覚

 幼稚園でサッカーを始め、中学時代、テレビで見るイタリア1部リーグ(セリエA)にのめり込んだ。「選手のうまい下手だけではなく、なんで得点が入ったのか、ということを見始めていた」。強豪の修徳高(東京)に進むと、より詳しく試合を見るようになった。

 プロ選手になる道を諦め、大学受験を考えていた高校3年時、担任教師に指定校推薦の枠があった日大文理学部の情報システム解析学科を勧められた。「パソコンや数字が好きだったから、それを極めるのもありかな」と思い、進学を決めた。

 大学では数学やアルゴリズム(計算手法)を勉強しつつ、フットサルのサークルに所属。大学2年の終わり頃、サークルの先輩を通じ、スポーツのデータ解析などを手掛けるデータスタジアム(東京都)がアルバイトを募集していると知った。サッカーの試合中のトラップ、パスなどをワンプレーずつ区別して入力するのが仕事内容だった。

 1試合あたり10~12時間かかる大変な作業。それでも「他の人はへとへとになっていたけど、自分は『次、どの試合をやろう』という感じ。社員の人にいろいろと提案でき、自分の今までの価値観を生かせると思った。やってきたことが組み合わさった感覚があった」。Jリーグのクラブで働くという小さい頃からの夢に近づき、アルバイトから社員登用された。

 ▽念願のクラブ加入

 入社して数年後、分析サポートやソフトウエアの販売を行う営業担当としてJクラブを訪問するようになった。1人で最大15クラブを担当することもある中、13年秋にJ1神戸から専属の分析担当スタッフにならないかと打診を受けた。当時Jリーグで浦和とともにトラッキングシステムをいち早く導入した神戸は、そのデータを扱える人材を探していた。

 データスタジアムから出向する形も考えられたが「それでは選手から信頼されないんじゃないか。プロ契約に挑戦したい」と会社を辞め、14年に神戸に加入した。

 ▽難しさとやりがい

 神戸では対戦相手の直近の3、4試合を分析して特徴をまとめるだけでなく、試合前の選手向けのプレゼンテーションも担当した。相手の傾向を基に、自チームと対戦する時にどのような戦術を用いるかを予測することが必要で、そこが最も難しいという。「最初は未熟で、繰り返し起こることがまた起こるというシンプルな考えしかできなかった」と反省する。

 試合分析は誰がやっても似た結果となり差がつきにくいが、予測には正解がなく「プロとアマで能力が分かれるところだし、プロの中でも分かれる」と言う。可能性を挙げれば切りがなく、話を聞く選手にも迷いが生じる。杉崎さんは入念な分析をした上で断定的に「相手はこう来る」と語る経験を重ね、自信を深めていった。

 やりがいは自身が伝えた通りにチームが相手の長所と短所を抑え、勝利した試合後に、監督や選手から「スカウティング通り」と言われることだ。プロ選手に助言することで生まれる責任感やプロ意識を持って仕事ができることも充実感につながった。

 ▽海外との差を痛感

 その後、仙台を経て17年に横浜Mへ加わった。19年夏、データ利用で先行する海外との差を痛感する出来事があった。横浜Mが提携する英国シティー・フットボール・グループ(CFG)が傘下に置くマンチェスター・シティー(イングランド)との親善試合。こちらの1人に対し、相手はアナリストが4人もいた。

マンチェスター・シティーとの親善試合=2019年7月

 試合中のスタンドで、相手は1人が撮影し、残り3人がパソコンと向き合っていた。チームに情報を伝えるべく、ハーフタイムになると、3人はロッカールームへ駆け降りた。「1人で取得できるデータの量は限られているし、リアルタイムでできる修正や発見(の数)も違う。差を感じた」と振り返る。

 分析に割く時間が減れば、リポートの質を上げることや、外部の会社と連携した新システムの開発や指標づくりに時間を充てることができる。「日本では自分たちの試合や過去の試合を見てまとめるのに精いっぱい。世界との差は開いている。数で圧倒されている」と危機意識を持った。

 ▽育成して組織化

 19年に横浜MでJ1優勝に貢献し、自身初めてのタイトルを獲得した。昨年、新型コロナウイルス禍で将来のキャリアを考える時期もあった中、「日本がW杯で優勝するという、世界中から笑われるもう一つの夢を実現させたい」と思うようになった。

優勝を喜ぶ横浜Mイレブン=2019年12月、横浜市

 参考にしたのは14年W杯ブラジル大会を制したドイツ代表だ。当時、対戦国のデータを分析する専門組織が優勝に貢献したことが脚光を浴びた。「Jリーグで働いているアナリストは横のつながりがあるようでないし、集団化しているわけでもない。芸能プロダクションのようなものをつくれないか」

 アナリストを育てて母数を増やして組織化し、日本代表がW杯などに出場する際、代表チームを支援するアナリストを何人も派遣するようなイメージだ。「日本が優勝するのが10年後か20年後か分からないが、そこに向けて動きだすと考えるとクラブにいながらでは難しい」と感じ、昨季限りで横浜Mを退団した。

 人を集めるため、有料のオンラインサロンを開設。約2週間で、専門家を目指す学生やJクラブ所属の分析担当者、サッカーの見方を学びたい人など60人以上が集まった。分析方法だけでなく、自身の経験を積極的に伝えることで「アナリストってなんぞやってところから、目指す人が増えれば」と願う。

 マンチェスター・シティーのように海外の強豪クラブでは複数人のアナリストが所属している場合が多く、今後、日本でもさらに需要が高まるとみる。「アナリストの必要性が上がっている一方で、アナリストを探すのは結構難しい。すぐには育たないし、時間がかかる作業だけど、時間をかけて育てていきたい」と腰を据えて取り組む。

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