【コラム】女性たちを競わせるのではなく、見守って背中を押す そんな“風”を感じさせる映画-あのこは貴族

年齢と共に結婚適齢期の捉え方は変わる、と思っています。自身をふり返ってみると、年代ごとに適齢期が訪れましたが、そのいずれも、結婚そのものというよりも出産の適齢期ではなかったのかと――。

20代後半は、最初の結婚適齢期。
30代半ばは、出産を考えるとそろそろ、という適齢期。
40代前半は、これを逃すと出産が難しい、最後のチャンスという適齢期。

そして40代半ばになると、出産の適齢期から解放されることもあり、目的のひとつが削がれることで、結婚とは何なのか、何のための結婚なのかがはっきりするのです。まあ、その年齢ではっきりしても……という意見もありますが。

■最初の結婚適齢期にいる2人の女性

この映画『あのこは貴族』(山内マリコさんの同名小説の映画化)の2人の主人公は、最初の適齢期の渦中にいます。20代後半。この年齢を「もう」○○歳と捉えるか、「まだ」○○歳と捉えるか。その捉え方の違いが2人の主人公の違いでもあって、「もう27歳でしょ」と周りから圧力をかけられて、結婚を焦るのが1人目のヒロイン、榛原華子(門脇麦)。東京の上流家庭に生まれ育った“箱入り娘”です。

適齢期になったら結婚する、結婚=幸せだと信じて疑わない華子は、お正月恒例の食事会で、家族と恋人と引き合わせようとしますが、直前に振られてしまいます。そこから婚活スタート。最終的に、義兄の紹介で弁護士の青木幸一郎(高良健吾)知り合い、トントン拍子に婚約します。

一方、もう一人の主人公の時岡美紀(水原希子)は、富山に生まれ、ごく普通の家庭で育った女性。猛勉強して名門大学に進みますが、家庭の事情で中退した“上京組”です。

東京という街は、棲み分けされていて、違う階層の人とは出会わないようになっている──というセリフが登場するように、違うセカイ(階層)を生きている華子と美紀は、本来出会わない存在でしたが、ひとりの男性によって繋がります。それが青木幸一郎でした。

■男性優位の社会制度の問題が浮き彫りになる会話

よくある恋愛ものでは、華子・美紀・幸一郎の三角関係が描かれ、女性にとって本当に大切なものは何なのか、という展開になりがちですが、『あのこは貴族』の場合はそうじゃなくて、その展開が面白くて、魅力的でもある。ここでは詳しい説明を避けますが、注目してほしいのは華子と美紀の共演シーンです。

華子についてのパート、美紀についてのパート、それぞれのパートが描かれることもあり、2人が顔を合わせるシーンは限られています。そのひとつが、華子の友人でヴァイオリニストの相楽逸子(石橋静河)がセッティングする初対面のシーンです。3人の会話がとても大人で、とても素敵で、そして3人の会話を経て、男性優位の社会制度の問題が浮き彫りになっていくのです。

決して男性にケンカを売っているわけではなく、男性もまた、既存の社会制度のなかでもがいているような、男性には男性の息苦しさがあるのではないかとも思えました。幸一郎を通じて。そのなかで、女性も活躍できる社会を目指すのであれば、制度自体を変えていかないとダメだよねという、ものすごく大きな課題も含んでいる、社会派映画でもあると感じたのです。

逸子のセリフに「経済的に自立していたい」「いつでも別れられる自分でいたい」「女同士で分断する必要はない」というようなセリフがあるのですが、それらは、まさにその通り!と強く頷いてしまうセリフでした。

■他者の”セカイ”を知ることで自らの”セカイ”も変化していく

この映画は、タクシーから見える東京の街並から始まります。それは華子からみたセカイですが、物語が進むにつれて、街をどの視点から見るのか、彼女の目にどんな風景が映っているのか、セカイが変化していく。その変化はそのまま彼女の心情に繋がっていきます。対比されるのは、もちろん美紀を含めた風景です。華子が乗るタクシーと、美紀が乗る自転車が並走するシーンがあるのですが、その先で描かれる、マンションの一室での2人のやりとりが、とても温かい。シスターフッド(女性同士の連帯)を象徴するシーンになっています。

華子が生きるセカイは、庶民にとって、ほとんど触れる機会のない階層で分からないことだらけですが、華子が庶民のセカイを知っていくことで変化していく、その感情は理解できます。そして、地方で生まれ育ち、東京で暮らす庶民にとっては、美紀の経験は自分ごとのように共感できるはずです。

結婚観と適齢期を入口に『あのこは貴族』を紐解いてきましたが、そんな簡単な、単純なものではなかったと、この映画の深さを感じています。だって、女性たちを競わせるのではなく、見守って背中を押すような、そんな“風”を感じているのですから。

この映画を観終わって思うのは、適齢期は自分で決めていいのではないか、ということでした。いろんな人生があっていいし、いろんな選択があっていいんです。華子と美紀(個人的には逸子も加えたい)は、この先もずっと、私自身の心のなかに存在しつづけてくれる、最強の女友だちになってくれました。


新谷里映
映画ライター・コラムニスト。
地元の出版社にて情報誌やサブカルファッション誌の編集を経験後、2005年3月に独立、仕事の拠点を東京へ。現在はフリーランスの映画ライター、コラムニスト、インタビュアーとして、雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、日本映画の撮影現場に参加するオフィシャルライターとしても活動する。映画&恋愛、映画&旅など映画を絡めたコラム連載も多数。東京国際映画祭(2015~2020年)や映画のトークイベントの司会も担当。解説執筆を担当した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」が発売中。


■作品情報
あのこは貴族
2021年2月26日(金)全国公開
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

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