食品添加物についての正しい知識と理解を~大学入学共通テスト英語リーディング問題から

2021年1月に行われた大学入学共通テストの英語リーディング問題が、甘味料に対する誤解を招くと物議をかもしている。この問題が今後どう扱われるのか気になるところだ。あらためて食品添加物の正しい知識、理解について考えてみたい。

低カロリー甘味料は危険?

英語のリーディングでは、思考力や判断力を問うために、実生活に基づく問題が多く出題された。その内、第6問Bの甘味料の問題について、日本食品添加物協会は甘味料に対する誤解を招く記述があるとホームページで発表した(*1)。

同協会が指摘したのは、「低カロリー甘味料の中には、発がん性の懸念や記憶力、脳の発達に影響するものがあり、それらは特に、幼児や妊娠している女性、高齢者に害を及ぼす可能性がある」という趣旨の一文だ。食品添加物は安全性が認められているもののみ使用が認められている。英語として正しくても、食品科学としては誤りであり、多くの人の不安をあおることになるという見解を示す(*2)。

東洋大学食環境学部客員教授の柄山正樹さんは、「今回のように50万人もの受験生が取り組む問題の内容が、科学的に間違っているにも関わらず、それが事実かのように誤解され広がるのはよくありません。とりわけ受験生はニュースなどで見聞きするのとは違い、英文を丁寧に読み、理解し問題を解くのだから知識としての定着度は高く、影響は大きいのです」という。

実際、受験した高校生が、「明日からコーヒーに甘味料を入れるのをやめる」と話していたことを塾講師の知人から聞いた。来年以降も多くの受験生が過去問として、この問題を解き、「甘味料は危険なもの」という考えが植え付けられるかもしれない。有識者団体である食品安全情報ネットワークは、大学入試センターに、今後この問題が受験参考書などに掲載されないようにしてほしいとの要望書を出した(*3)

教員の見解の相違によるものか

科学者がこの問題の文章は科学的に誤りだと訴えるものの、世の中では食品添加物は悪者扱いされることが多い。もし本当に危険なものであれば、世界中でこんなに使われることはないと思うのだが、それでも多くの人が食品添加物に不安を感じ、それが入試問題にまで取り上げられるのは、国民の科学リテラシー不足によるものなのだろうか。

遺伝子(科学)リテラシー教育を研究する東京テクニカルカレッジ講師大藤道衛さんは、「これは、科学リテラシー不足というよりは科学系の教員と社会系教員との見解の相違に根差す深い問題だ」と言う。確かに保健体育や家庭科、公民(現代社会)の教科書には、10年以上前から食の安全に関する項目があり、遺伝子組換え食品、食品添加物、農薬がこれからの問題として取り上げられている。

当時も今も学習指導要領では、食の安全・安心に関する問題について議論を促すような記述になっている。「科学リテラシーに弱いが真面目な社会系教員が、メディア情報などと教科書を照らし合わせているうちに食品添加物はあぶないという誤った考えが増幅され、生徒にも醸成されているのではないか」と大藤さんは続ける。

科学とともに進歩してきた食品添加物

50万年前の原人は肉を煙でいぶすと日持ちすることを発見していた。肉が日持ちするのは煙の中の酢酸やプロピオン酸、フェノール類のはたらきによるものだ。化学の進歩につれて、このような有効成分が明らかになり、その成分の分離や合成が可能になると、食品添加物として、食品加工に利用されるようになった。

食品衛生法では、「食品の製造過程で、または食品の加工や保存の目的で食品に添加、混和などの方法によって使用するもの」と食品添加物が定義されている。その種類は非常に多く、由来や使用法により指定添加物、既存添加物、天然香料、一般食品添加物に分類されている(表1)。

「天然添加物なら安全」と考える人もいるかもしれないが、いまは添加物に天然と合成の区別はない。

1995年に食品衛生法が改定されるまでは、クチナシ色素など天然物由来の食品添加物は厳しい規制がなかったが、これらの添加物は長く使われてきたものの安全性が確認されていなかっただけである。そこでいったん既存添加物として分類し、安全性を見直している。発がん性が見つかりアカネ色素が削除されるなど、これまでに100品目以上の既存添加物がリストから削除された。

安全性とその有効性を科学的に評価して、厚生労働大臣が認めたものだけが食品添加物として使用できるように決められている。これまで大きな食品事故が起こるたびに、食品添加物の安全性に対する取り組みも変化してきた。

2003年には国民の健康の保護を目的とした食品安全基本法が制定され、リスク分析により食品添加物の安全性を判断するようになった。リスク分析は、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションからなり、ヒトに悪影響が出ない量を科学的に判断し、管理する体制をとっている(図1)。

使用基準は、それぞれ食品添加物について行った動物実験の結果から求めた1日許容摂取量を超えないように定められている。科学技術の進歩にともない、すでに指定されている食品添加物でも現時点の科学水準に合わせて再評価されている。食品添加物を製造しているメーカーももちろん独自に安全性の確保に取り組んでいる。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/shokuten/shokuten3.html

図1食品添加物指定の流れ

どんな食品にもリスクがあるという前提で、リスクを 科学的に評価し、適切な管理をすべきとの考え方(リスク分析)にもとづく。

砂糖の代用品からダイエット甘味料へ

甘味料は、糖質由来甘味料と非糖質由来甘味料に分類され(表2)、非糖質系のものは、代謝されにくいのでダイエット食品によく使われている。

甘味料が頻繁に使われるようになったのは第二次世界大戦中や戦後の砂糖不足を補うためだった。その頃よく使われた、ズルチンやチクロ(サイクロ酸ナトリウム)、サッカリンは、のちに発がん性がみつかったため、食品添加物から削除された。甘味料に悪いイメージがあるのはそのせいだろう。

ただ、その後、サッカリンの発がん性は、サッカリンを合成するときにできる不純物によることがわかり、再び使われている。また、チクロは安全性の評価が分かれ、米国やカナダ、日本で使用が禁止されたが、EUや中国など50か国以上で使われている。

砂糖は理想的な甘さの甘味料であるが、糖尿病の人には不適当で、虫歯や肥満の原因にもなる。そのため、現在では砂糖の代用品というよりは、ダイエット食品や糖尿病患者の甘味料として使われることが多い。それぞれ甘さに特徴があり、また量が多いと苦みを感じたり、加熱に対する安定性が異なったりするなどの性質がある。そこで、用途に応じて使い分けられている。

試験問題中の甘味料とは

試験問題中の甘味料はどんなものだろうか。スクラロース、アスパルテーム、アセスルファムカリウムは指定添加物、ステビアは既存添加物に分類される。

スクラロースはショ糖の三つのヒドロキシ基を塩素で置換したもの。砂糖の主成分であるショ糖の600倍の砂糖によく似たさわやかな甘さをもつ。ダイエット飲料などのほか、苦みなどの不快な味を打ち消す効果があるので医薬品や健康食品などに使われている。

アスパルテームは、L-フェニルアラニンとL-アスパラギン酸という2種類のアミノ酸からなるジペプチド。ショ糖の約200倍のくせのない甘さで、卓上の調味料や菓子類、乳製品などに使われている。フェニルケトン尿症の患者は、L-フェニルアラニンの代謝酵素の働きが悪いため、使用には注意が必要だ。

アセスルファムカリウムは、酢酸を原料にした甘味料。ショ糖の約200倍の甘さをもち、甘さの立ち上がりがよいが、後味に特徴がある。アスパルテームなどの甘味料と組み合わせると甘味が砂糖に近くなるため、飲料や菓子に広く使われる。

ステビアは、キク科の植物ステビアの甘味成分を抽出したものだ。甘味成分はステビオサイドなどのステビア配糖体で、甘味はショ糖の200~300倍ほど。漬物や魚肉練り製品、ドレッシングなどに使われている。

HFCSはhigh-fructose corn syrupの略で、日本語では「異性化糖」という。原料はトウモロコシやイモ類に含まれるデンプンである。アメリカでは原料が全部トウモロコシなのでこの名前になった。デンプンを酵素処理したもので、ショ糖と構造がよく似ており、代謝もほとんど変わりがない。ショ糖に匹敵するほどの甘さで、いわばデンプンから作る糖である。液体であるため扱いやすく、清涼飲料水によく使われているが、食品加工用なので私たち消費者が直接手にすることはほとんどない。

砂糖にも甘味料にも、メリットとリスクがあり、どう考えるかは個人の判断によるものだ。ただ、そのためには正しい知識が必要だ。この問題で取り上げられた甘味料は安全性と有効性が確認されたものであり、食生活を豊かにするためには欠かせないものである。今回の出題が、受験生に不安をあおるのではなく、正しい知識と理解をもつきっかけになればいいと思う。

サイエンスライター 佐藤成美

*1 大学ジャーナルオンライン1月25日

食品添加物協会、大学入学共通テストの英文出題に苦言

https://univ-journal.jp/79156/

*2 日本食品添加物協会 2021年大学入学共通テストの英語(リーディング)問題文に対する見解

https://www.jafaa.or.jp/wp-content/uploads/2021/01/210121_kyokaikenkai_re.pdf

*3 食品安全情報ネットワーク 大学入試センターへの意見と要望および大学入試センターからの回答

https://sites.google.com/site/fsinetwork/jouhou/exam_english2021

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