退職金は「一括」と「分割」どちらがトク?プロが実践した“いいとこ取り”の方法

勤め先からの退職は、定年だけではありません。コロナ禍が起こる前から、早期退職制度を利用しての中高年社員への退職勧奨が増えています。いざというときに慌てないよう、退職前から退職金を「一括」(一時金)で受け取るか、「分割」(年金)で受け取るかを考えておきましょう。年金の専門家で、ファイナンシャルプランナーである高伊茂が解説します。


「一時金受け取り」と「年金受け取り」の違い

(1)一時金での受け取りは、一括でまとまったお金を受け取れる

退職時に一括で受け取るので退職一時金といいます。退職金はそれまでの勤続や功労に報いる意味合いが強いもので、老後の生活を完全に保障するものではありません。そして、多くの人が年金での受け取りよりも一時金での受け取りを選んでいるのが現実です。理由としては、まとまったお金を一度に受け取ることができるからです。住宅ローンの返済が終わっていない人にとって、定年後もローン返済がある場合は大変です。なぜならば、多くの会社で60歳以降の賃金がそれまでの賃金よりも少なくなるからです。

(2)年金での受け取りは、分割してお金を受け取れる

公的年金と違い企業年金の場合、会社によって支給期間や支給間隔が異なります。支給期間は、5年、10年、15年、20年、終身支給といろいろあり、組み合わせになっている会社もあります。そして、支給間隔は、2ヵ月または3ヵ月に1度の支給になっていることが多いです。なお、支給期間の途中で亡くなった場合、ほとんどの企業年金が一定の額を遺族の人が受け取れるという保証期間付きの年金になっています。

(3)税金の扱いが異なる

一時金で受け取ると退職所得控除というものがあり、現行のしくみでは40年間勤務で一時金が2,200万円までは所得税がかかりません。一方、年金方式で受け取ると老齢厚生年金や老齢基礎年金と同じ公的年金等控除の対象になり、控除額を差し引いた残りが所得税の対象になります。その結果、公的年金以外の収入が増えますので、翌年の住民税や各種社会保険料に影響が出てきます。

「一時金受け取り」3つの落とし穴

退職金を受け取っている人の大半は税金差し引き後の手取り額を考えて、一時金での受け取りを選んでいますが、それでよいのでしょうか。

(1)退職金は狙われる

宝くじで高額当籤をした人への注意事項として、「周りの人に話してはいけない、勤務先を辞めてはいけない」というものがあります。今まで見向きもしなかった親戚や友達が急に増えてお金を奪われてしまうからです。退職金も同じです。まとまったお金を持っていると、儲け話など美味しい話が持ち込まれて、虎の子のお金を失う羽目になるかもしれません。

(2)投資経験がないと運用に失敗する恐れがある

まとまったお金があると、お金に働いてもらおうとして、資金運用をしてみたくなるものです。しかし、あなたに投資経験があり資金運用の怖さをご存じでしょうか。金融機関からいろいろな提案がなされるでしょうが、投資経験がないと運用に失敗するかもしれません。

リーマンショック直前に退職し、退職金の多くを株式に投資をしたためあっという間に退職金を大幅に目減りさせてしまった人がいました。コロナ禍にもかかわらず日経平均株価が30年ぶりに3万円の大台に達しましたが、これからの株価は不透明です。投資経験の少ない人は慎重な行動をとっていただきたいと思います。

(3)手元にまとまったお金があると使いたくなる

待望の定年で、毎日が日曜日。今まで忙しく働いていたときと違って、定年後は時間がたっぷりあります。「なかなか行けなかった旅行に行こう、欲しかったものを買おう」このようにしていると、一時金で受け取ったお金がみるみるうちに減っていきます。玩具があれば遊びたくなる。同じように、手元にまとまったお金があれば使いたくなるものです。

「年金受け取り」も悪くない2つの理由

ここからは、「年金受け取り」も悪くない2つの理由を挙げます。

(1)退職金は老後の大事なお金

退職金は老後生活の資金として重要なものです。減らしてはいけません。まとまったお金があると、つい使ってしまう人、計画的にお金を使えない人にとっては年金で受け取るほうがお勧めです。退職後、老齢厚生年金と老齢基礎年金を合わせた満額を受け取れるまでの生活資金になるということもお忘れなく。

(2)自分で運用するよりも高利回りかも

企業年金は受け取っている間も利息がつきます。総受取額は、一時金で受取る額よりも多くなる可能性は十分にあります。株価は上がっているのに、定期預金や普通預金の金利はまったく低いのが現実です。ご自身で運用するよりも、高利回りになるかもしれません。

「いいとこ取り」するには?

では、次からは実際に私が退職するときに選んだ方法を紹介しましょう。

一時金と年金の両方を活用する

企業年金の受け取り方で、一時金と年金を併用できる会社も多いです。会社によって、一時金と年金の受け取り割合を選択できます。一時金と年金、退職金をどちらで受け取るか迷っている人は、自分の会社が併用を選択できるかを調べてみましょう。私は併用可能な会社だったので、半々になるように選択しました。「いいとこ取り」の発想とも言えるでしょう。税金も考慮しながら一時金を受け取り、計画的に企業年金を受け取って生活していきたかったからです。

一時金で受け取った分は、それまでの借金(住宅ローンや教育ローンなどの返済)、住宅のリフォームなどにあて、残りを当座の生活資金とするのもお勧めです。

いかがでしょうか。老後の生活の基本となるものは老齢厚生年金と老齢基礎年をはじめとする公的年金です。公的年金を補完するものが退職金であり、それまでの貯蓄です。退職金の「一時金受け取り」と「年金受け取り」、どちらがトクかは、ケースバイケース。その人の貯金額やローン状況にもよるので、一概にどちらがトクかは言えません。しかし少なくとも、税金の面だけで安易に「一時金の全額受け取り」を選択するのは、避けるべきだと私は思います。

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