女物の服全て焼き、男として働いた「母」の50年 「一人娘守るため」工事現場へ、エジプト

エジプト南部ルクソールのバス停で男装して働くシサ・アブドハさん=2月14日(共同)

 北アフリカのエジプトでは、女性への差別や嫌がらせがいまだ根強い。2013年の国連調査では99・3%の女性がセクハラを受けた経験があると回答した。人口の約3割が年収5万円に届かない貧困国でもある。この地で、娘のため男装して半世紀近く働いている女性がいる。数千年続く農村社会が残る南部ルクソールで、その波乱の人生を聞いた。(共同通信=高山裕康)

 ▽男性の民俗衣装にたばこ姿

 ルクソールの地元バスターミナルでは、コロナ禍でもマスク姿は皆無だ。未舗装の道路わきに、大声で客の運転手と笑い合う靴磨きのシサ・アブドハさん(70)がいた。頭には白いターバン。服はガラベーヤという貧しい男性がよく着る民族衣装。タバコ片手に無骨に振る舞うシサさんは一見、男性にしか見えない。

 常連の運転手ムサさん(34)は「みんな彼女が女性だと知っている。家族のためだから、からかう連中は俺たちが追い払っている」と笑った。靴磨きは1回約2エジプトポンド(約14円)。1日の収入は数百円相当にすぎないが、エジプトの貧困層には珍しくない額だ。

 ▽外で働く女性、ほとんどなく

 「一人娘を守るため、男として生きると決めたんだ。髪を切り、女物の服は全部焼いた」。シサさんは振り返った。泥れんがの小さな家。部屋の隅の水瓶に入った濁り水でシャイ(茶)をわかす。ビニール袋に自分の服をぐしゃぐしゃに入れていた。「全部ガラベーヤだよ。女物はない」。低いしゃがれ声で言う。

 若いころは、女性の民族衣装アバヤを着て、普通の女性として化粧もした。20歳で結婚したが妊娠6カ月だった23歳の頃に建築作業員の夫が心臓発作で死亡した。再婚相手の男が娘に虐待する可能性を恐れて、独身を貫いて母子で生きることを選んだ。男装までして働くのはエジプトではきわめてまれだが、家庭内暴力を避けて再婚しないのは時々起こる、と地元女性は説明する。

 生きるための収入が必要だったが、47,8年前の当時、保守的なルクソールで、外で働く女性はほとんどいなかった。現在のエジプトですら、女性が1人で外を歩くだけで、男からはやし立てられ、痴漢や嫌がらせを受けるのは珍しくない。当時、どれほどのタブーだったかは、「命の危険があるほど難しかった。雇う人間もいなかった」(シサさん)。

エジプト南部ルクソールの自宅で、れんがを手にするシサ・アブドハさん=2月14日(共同)

 シサさんは性別を隠すため男物のガラベーヤをまとい、夫と同様、建築現場でれんがを作る仕事を選んだ。「頑丈な体だったからね。働くことは何の問題もなかった。ほとんどの男は、女とばれても、わたしを男として扱ってくれた」。目を細めた。ただ、言い寄る男もいた。その時は「このれんがを相手の足にたたきつけたよ」。笑いながら、床にあった古いれんがを持ち上げた。

 ▽時代変わり「偉大な母」に

 親族が求めた再婚を拒否し、殴られたこともある。男のふりをするうちにしゃがれ声になった。シサさんは娘に「母」と呼ぶように求めたが、幼い娘は事情を知らず、ずっと「父さん」と呼びつづけた。

 娘はやがて結婚し、シサさんは建築現場から、農場でナツメヤシを育てる仕事に変えた。約20年前からはバス停の靴磨きでわずかな収入を得て、娘一家の家計を助けている。

 2015年、男装で人知れず靴磨きをするシサさんを、地元紙の記者が取り上げた。活動を知ったルクソール県はシサさんを「働く女性の代表賞」を与えて表彰した。シシ大統領もシサさんに面会して「偉大な母」として称賛した。

シサさんの娘フダさん(右端)と、その子どもや孫=2月15日(共同)

 ルクソールに住むシサさんの娘、フダさんに会った。47歳になっていた。

 5男1女の6人の子どもと4人の孫に恵まれている。「今のルクソールではホテルなど外で働く女性は珍しくありません。時代が違えば、母が男装することはなかったでしょう」。イスラム教徒の女性がまとうベール姿のフダさんは、静かに言った。男女の格差指標では最近のエジプトでも153カ国中134位との調査結果がある。まだまだ壁は厚い。

 男装のシサさんは、地元メディアや近所の人から「アブフダ(フダの父さん)」との愛称で呼ばれている。「男になったけど、わたしは母親なんだ」とシサさんはその言葉を嫌がる。フダさんは現在、シサさんをどう呼んでいるのだろう。

土の床の自宅に座るシサ・アブドハさん(右)=2月14日、エジプト南部ルクソール

 「わたしは、ヤンマ(母さん)と呼んでいます。母の苦しみがよく分かるようになったからです」。フダさんはそう、誇らしそうに話した。(終わり)

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