原発耐震指針の改正、運転継続認める「骨抜き」運用 「砂上の楼閣―原発と地震―」第7回

北陸電力志賀原発2号機の運転差し止め訴訟で、勝訴を喜ぶ原告ら。判決は政府に衝撃を与えた=2006年3月、金沢地裁

 国の原子力安全委員会は5年かけて有識者らによる公開での議論を重ねた末、2006年9月に原発の耐震指針の改定を実現させた。最も重要な点は、原発に影響を及ぼす地震の想定を厳しくすることにあったが、大津波への備えが必要だということも改めて明記した。しかし、既に運転していた50基超の原発が新指針に適合しているかを調査する作業(バックチェック)は骨抜きにされ、法的な義務のない自主的取り組みとなった。東京電力はこれに乗じて福島第1原発の大津波想定を先送りする。なぜ、そんなことが起きたのか―。(共同通信=鎮目宰司)

 ▽力関係

 東電など電力会社でつくる電気事業連合会が06年2月21日に作成したとされる「耐震指針改定に当たっての原子炉施設における対応について」という文書が経済産業省原子力安全・保安院に保管されていた。指針改定後のバックチェックを、原発の運転を停止せず計画的に行うため、次のような方針で対応するので検討してほしいと求めている。

 ・新指針を既存原発に直ちに適用する必要はない

 ・既存原発のバックチェックは安全性、信頼性向上のため

 ・バックチェック中でも原発は運転を継続する

原子力安全・保安院が入っていた庁舎=2012年3月、東京・霞が関

 この約1カ月後の3月17日、保安院の原子力発電安全審査課は、上位組織の原子力安全委員会への要請文書をまとめる。安全委に以下を表明することを求めた。

 ・旧指針で合格した原発の安全性を否定しない

 ・新指針に照らすバックチェックは法律上の義務ではない

 電力から保安院、保安院から安全委へと「新指針での審査やり直しはしない」という要請が行われた。安全委は保安院を監督し、保安院は電力を監督していたはずだったが、実際の力関係は逆だった。

 ▽「重大な問題」

 その直後の3月24日、北陸電力志賀原発2号機(石川県)を巡る訴訟で金沢地裁は運転差し止めを認める判決を下した。北陸電の敗訴だが、合格を出した政府の安全審査と、30年近く改定されていない耐震指針にも疑問を投げ掛けた。

耐震性が訴訟で争われた北陸電力志賀原発2号機(左側)=2006年3月、石川県志賀町

 そして4月、保安院の檜木俊秀訟務室長と鶴園孝夫訟務班長が安全委事務局を訪れた。改めて安全委への要請文書を手渡しに来たのだ。

 文書は厳しい言葉で書かれていた。新指針ができても、旧指針で合格が出ている原発の安全性に問題はないと表明してほしい。そうしなければ「以下の重大な問題が発生する」。

 ・自治体やマスコミに批判されて原発が停止する

 ・国会が安全委の見解、責任を厳しく追及する

 ・原発を巡る行政訴訟で敗訴する

 バックチェックは、新指針に古い原発が適合しているかどうかを確かめるために行うものだ。だが、これでは、その前に「安全宣言」を出さなければならなくなる。

 そんなばかなことがあるか―。対応した安全委の加藤孝男総務課長は、ぶぜんとして「まずはチェックしてみないと」と押し戻そうとした。

 だが檜木室長は畳みかける。「訴訟で負けたら、責任を取れるのですか」。話は全くかみ合わなかった。

 ▽委員長室

 東電はこの頃、原子力安全委員会の鈴木篤之委員長に福島第1原発の津波想定について説明している。「こういう作業をしているとの説明で、これで大丈夫だということではなかった」。鈴木氏は複数回、5~6人から東電社内の検討状況を聞いたと証言している。委員長室で説明を受けたこともあったようだ。東京大教授だった鈴木氏にとって、東電原子力部門の有力者だった武藤栄氏は大学の後輩。同じく武黒一郎氏も知人だった。

 その委員長室に緊張が走ったのは06年9月。耐震指針が改定される直前のことだった。鈴木委員長はこの日、そろって現れた原子力安全・保安院の広瀬研吉院長と保安院幹部らを部屋に迎え入れた。「新指針による審査のやり直しはやらない」という、この春から繰り返してきた要請の念押しだったようだ。

 口を開いたのは広瀬院長。安全委が新指針に照らしたバックチェック作業の要請文書を出す際には、法的義務を伴わない自主的取り組みであることを明記してほしいということだった。

経済産業省原子力安全・保安院の院長を務めた広瀬研吉氏

 9月19日、安全委が出した要請文書は、広瀬院長が念押ししたとおりの内容だった。〝格上〟のはずの安全委員長が、圧力に屈したような形になった。

 鈴木氏は当時の保安院との関係について、こう説明する。「余計な世話を焼く組織として、安全委を厄介者扱いする空気が(原子力)関係者の中にあった。保安院にとって煙たい存在以外の何物でもなかっただろう」

 こうして新指針に照らしたバックチェックは、電力会社の自主的な取り組みで行うことが決まった。さらに、チェックが完了しなくても、原発の運転はそのまま継続していいと認められた。

 新指針は大津波への備えもうたわれている。だが、その運用は骨抜きにされた。津波対策に大きな「穴」があいたまま、福島第1原発は4年半後、未曽有の大津波に遭遇する。(つづく)

「砂上の楼閣」第6回はこちら

https://this.kiji.is/740433542080561152?c=39546741839462401

第8回はこちら

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