「身体のコンディションは卓球の成績に直結する」全日本王者を支えたトレーナーが語るストレッチの秘訣

英田理志と齋藤蓮は、同い年の28歳だ。
英田が朝日大学、齋藤が日体大の頃は、練習会を共にしながら切磋琢磨する仲だった。

卒業後、英田は実業団の信号器材に入った後、スウェーデンリーグに挑戦するなど選手としての成長を続ける。齋藤は選手を引退し、ストレッチトレーナーを目指していくなかで、お互いの連絡は途絶えがちになっていた。

英田理志との再会

写真:FSC卓球クラブには英田や及川のユニフォームも飾られている/撮影:ラリーズ編集部

__――英田選手に再会するきっかけは何だったんですか
齋藤:英田選手はヤサカ契約で、僕もヤサカの担当の人と学生時代から仲良くて、今トレーナーやってるんですって話をしたときに「英田くん知ってる?」って話になって。ああ、同い年で仲良かったですよって言ったら「いま、かなり身体がキツいらしいから、ちょっと連絡してみれば__」って。ドクターストレッチで働き始めて2年くらい経ったときでした。

「いまストレッチやってるから、良かったら来てみてよ」って久しぶりに連絡してみたら、ちょうど日本に帰国してて、来てくれたんです。そこでストレッチかけてみたら「これ、めちゃめちゃいいわ、このコンディションだったら勝てる気がする」って、そこから定期的に来てくれるようになった感じです。

写真:齋藤蓮(FSC卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

__――及川瑞基選手はどうだったんですか
齋藤__:その頃、英田選手がスウェーデン、及川選手がドイツにいたのでお互いコンタクト取っていたらしくて、そこで自分のことを話していたみたいです。及川選手も帰国したときに、同じお店に来てくれて。だから、英田選手がきっかけですね。

二人とも大活躍した全日本のハードさ「15分で」「オーケー」

写真:2021年の全日本で優勝した及川瑞基(木下グループ)/撮影:ラリーズ編集部

__――及川選手はシングルス優勝、英田選手も初ランク入りと、ふたりとも全日本で大活躍でした
齋藤__:嬉しかったです。ハードでしたけど(笑)

__――やっぱり、ハードなんですね
齋藤__:二人を見るので時間を確保するのが大変でした。まず3人で、試合のタイムテーブルを決勝まで全部出して。練習はこれくらいの時間だから、この前にストレッチを30分から40分とか、ここは1時間取れるな、とかのスケジューリング。どっちかが試合入ったら、その間にもう一人をと思うんですが、試合時間が被るときもあるので。

もちろん、実際はその予定通りには進まないので、30分の予定を「15分で仕上げてください」「オーケー、わかった」みたいな感じでした。

「会場寒かったんで選手の身体にタオルケットかけてストレッチしたり」

__――本来はどれくらいの時間やるものなんですか
齋藤:理想は試合前は30分、試合後は1時間以上はやりたい__です。

__――長い!
齋藤__:それくらい選手に負担がかかるんです。特に、全日本は緊張感も含めて選手の身体は疲れるので。

__――1日3試合なら、それぞれ3セットやるんですよね。それが二人分。
齋藤__:そうです。朝は7時に起きて大会のマッサージできる場所で待機、夜はホテルに戻ってからも二人のストレッチをしてました。さすがに自分の身体もキツくなって、大会終了後は、前の職場の後輩に僕自身もストレッチを受けに行きました(笑)。

「ハードでしたね(笑)」

英田、及川、それぞれのストレッチ方法

写真:選手によって疲労のたまる筋肉も違う/撮影:ラリーズ編集部

__――英田選手、及川選手、それぞれの好みの方法も違うんですよね、きっと
齋藤__:そうですね。英田選手は、ストレッチやってアップして試合に行く感じですね。及川選手は常にストレッチを入れたいタイプなので、ストレッチしてアップして、もう一回ちょっとだけストレッチ入れて、試合。

__――それぞれにストレッチするときに、齋藤さんが気をつけていることってありますか
齋藤__:英田選手は、“[カット](https://rallys.online/dictionary/cut/)×攻撃”という特殊な戦型なので、股関節の柔軟性、肩甲骨周りの可動域、手指周りといった細かい部分も意識してストレッチをかけます。英田選手自身が身体のコンディション調整に余念が無いので、常にベストコンディションに近い状態で試合に臨めてますね。

及川選手は、普段からかなりハードなトレーニングを複数こなしていて、筋疲労が蓄積していることがあります。全日本選手権前は過度なトレーニングは避け、体幹トレーニングなど、コアの部分を意識したトレーニングをメインに切り替えるようアドバイスし、大会期間中は及川選手の持ち味である“粘り強さ”がより発揮できるよう、全身をじっくりストレッチしてコンディションを整えました。

あとは、ストレッチ中の会話も大事にしてます。

「ストレッチ中に会話する、しないの判断も大事」

その日によって選手の身体は変わる

__――どんな会話をするんですか
齋藤__:いや、大した話はしないんですけど(笑)。試合前は「ここの動きいいね」とか、なるべく気づいたポジティブなことを言うようにして、その日の夜のストレッチでは精神的にも和らげるために、英田選手の奥さんは僕も仲良しなので、ストレッチ中に電話してみたり。

「試合前は自分が気づいたポジティブなことを伝えます」/撮影:ラリーズ編集部

__――及川選手とは
齋藤__:もっとくだらない話しかしません(笑)。あそこの飯旨かったなとか、家めっちゃ遠いなとか、今度いつ飲みに行くとか。敢えて喋らないときもありますね。会話の中で選手の表情とか、身体の緊張感を見ながら、今回は静かにストレッチだけしようとか。

その日によって選手の身体は変わります。触った感覚と、選手からのヒアリングで全てを把握しなければならないので、いつも選手の言葉にアンテナを張って、わずかな変化も感じたいと思ってます。

身体のコンディションも卓球の成績に直結する

「選手には“頑張れよ”じゃなくて“一緒に頑張ろう”って言います」/撮影:ラリーズ編集部

__――最後に、今後トレーナーとしての目標ってありますか
齋藤__:ストレッチがもっと広まって、自分一人ではできる範囲も狭いので、自分みたいな人がもっと増えてくれたらいいなあって思います。

ストレッチが文化になって、卓球選手の選手寿命がぐんと伸びて、世界ランク上位に自分と同い年やさらに年上の人が入ってほしい。身体のコンディションも卓球の成績に直結するという考え方を広げたいです。

__――事実、齋藤さんがストレッチをする二人の選手が全日本で大活躍した
齋藤__:もちろん本人の実力ですけど、身体のコンディションを整えたことによって、パフォーマンスが上がって勝ち上がれたっていう面もあるなら、そういう選手が増えてほしい。そうすれば世界でも活躍する選手が増える。選手寿命も延びる。卓球自体もさらに広がる。そうやって、卓球に恩返しができたらなって思ってます。

「自分自身も結構念入りにストレッチします、はい」

「みんなの選手寿命を伸ばす」という目的に、「ストレッチ」という方法で挑む男、齋藤蓮。

「取り柄も別になかったし、勉強もそんなに好きじゃなかったし、でも卓球だけはずっと人生の中にあったから」
大きな声と繊細な感覚を持つ男が、いま、卓球界に新たな風を吹き込んでいる。

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

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