『すくってごらん』紛れもないミュージカル映画

(C)2020 映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社

 「新感覚ポップエンターテインメント」と銘打っているが、「和風ミュージカル」と呼びたい。『シェルブールの雨傘』を引き合いに出すのはおこがましいが、セリフや心の声が歌で表現された本作は、紛れもなくミュージカル映画だ。左遷された元エリート銀行マンが、金魚すくいを通して一目ぼれした美女の悩みと自身の崖っぷち人生を救う…とストーリーでミュージカル映画を紹介しても詮ないこと。

 だから一番に注目してほしいのは、職場でのラップのシーン。主人公がパソコンを打ちながら独り言のようにラップを口ずさむと、それが同僚たちに波及していく。我々も普段、一緒に働く人と作業のリズムや呼吸が合ったり、仕事中に気付かぬうちに独り言を言ったりすることは珍しくない。つまり日常のリアルを比喩的に表現しているわけで、目に見えない内面の思いを肥大化させ、歌や踊りに仮託して表現したものがミュージカルだとするならば、これはその最も的確な使い方であり、ミュージカルの本質を射抜く名シーンといえるだろう。

 さらに、主人公が2人の美女の間でフラフラする妄想シーンの表現も秀逸だ。自動車と電話ボックス。中が見える箱を介したイメージの飛躍が自然で、視覚と聴覚という映画の武器が最大限に活用されている。そんな攻めの姿勢に比べ、聴き心地のいい楽曲ばかり使われているのが玉にキズだが、見た目に反して共感度も説得力も高い。★★★★☆(外山真也)

監督:真壁幸紀

原作:大谷紀子

出演:尾上松也、百田夏菜子

3月12日(金)から全国公開

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