宇多田ヒカル『One Last Kiss』が描いた「ただひとつ」のものーーエヴァンゲリオンを彩った美しき名曲の旅路

昨日3/8(月)には、全国の劇場で映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開スタート。そして同作品の監督でもある、庵野秀明監督によるMVの公開と共に、宇多田ヒカルの最新EP『One Last Kiss』が私たちのもとに届いた。
最新曲“One Last Kiss”のみならず、エヴァンゲリオンを彩ってきた名曲たちがこのパッケージには集っている。2007年から彼女が綴ってきた「ただひとつ」のことを、此処に至るまでの旅路と共に迫りたい。

1、“Beautifiul World”が歌う「願い」

公式にも発表があった通り(参照:Hikaru Utada Official Website)、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』において“Beautiful World”という楽曲は、再びリメイクをされ、“Beautiful World(Da Capo Version)”としてエンディングに登場した(Da Capoとは、楽曲の冒頭に戻るという演奏記号のこと)。
“Beautiful World”は、そもそも2007年公開・映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のテーマソングとして制作されたもの。宇多田ヒカル自身がエヴァンゲリオンのファンであるということを庵野監督が知ったことがきっかけで、生まれたタッグだった。

It's only love
もしも願い一つだけ叶うなら
君の側で眠らせて どんな場所でもいいよ
Beautiful world
(宇多田ヒカル“Beautiful World”より歌詞抜粋)

絶妙に抜け感のあるエレクトロニカに包まれた同曲は、過去・現代・未来とSFの要素が多分に入り混じった作品の絶妙な塩梅にフィット。そして、冒頭に綴られたこの一節からもわかるように、この楽曲が描いているのは、人間が持つ根源的な想いと生きる上での依代である。生きる間だけでも、それが叶わぬならこの世を去った後でも、ただ貴方と共にいたいということーー他者に認識されることなしに、存在することさえできないヒトの「願い」を込めた歌なのだ。そこに、エヴァンゲリオンに登場する人物がそれぞれに幾度となく追い求める自己承認欲求の先に存在する、他者への渇望に対する愛憎が強くリンクしている。だからこそ、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』のみならず、第二作映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、そして最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』においても、テーマソングとして作品を彩ってきたのだ。

2、喪失から終焉を伺う“桜流し”

前述したように、“Beautiful World”はヒト、そしてエヴァンゲリオンの根本的なテーマに寄り添った楽曲と言える。そして、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソングとして制作された“桜流し”も根源的なところは変わらない。しかし、庵野監督のオーダーで、実際の映画の内容を知ることなく、当時の彼女の思うままの気持ちを書いたという同曲は、より喪失と終焉の香りが強く立っている。
その要因はまずアレンジである。シンプルな鍵盤のアルペジオを基軸として、ミニマルな構成によって冒頭は進行。ストリングス、ギター、そして終盤から登場するドラムと共に、クライマックスへ駆け上る。特に、徐々に数を増やしながら強く打ち鳴らされるスネアの音は緊張を生み、彼女の綴ったこの一節がより際立つ。

どんなに怖くたって目を逸らさないよ
全ての終わりに愛があるなら
(宇多田ヒカル“桜流し”より歌詞抜粋)

オーガニックなアレンジと、よりスローバラードとしてのメロディの繊細さが持つ力の大きさに加え、“Beautiful World”が現在〜未来に対する縋りを綴ったものであるならば、“桜流し”は既に何かを失った人物の視点から描かれる「願い」である。だからこそ、この楽曲は彼女自身が意図をしていなかったとしても、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が描いた終焉へのカウントダウンによく似合う。
ただ、間違いなく言えることは、“Beautiful World”・“桜流し”の両者ともにに流れるのは、ヒトの根源的な「願い」であることには変わらない。始まりから生を見据えることも、終わりから見据えることも、結局は同じ、ということなのだ。

3、“One Last Kiss”が描いた二面性

昨日、筆者は劇場にて映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を目撃した。映画の内容については触れないが、発表されていたこととは言え、エンドロールで宇多田ヒカルの最新曲“One Last Kiss”が流れた時には鳥肌が止まらなかった。
冒頭の<初めてのルーブルは/なんてことはなかったわ/私だけのモナリザ/もうとっくに出会ってたから>というリリックの時点で、彼女の圧倒的なセンスに、改めてヤラれる人は多いだろう。アレンジは“桜流し”とは一線を隠し、基本的にはビートも含めて オリジナルの“Beautiful World”に近いニュアンスを持つ(イントロは意図的に寄せたようにも感じる)。シンセベースの動き方が非常に心地よく高揚を煽っていくのだが、最も耳を突くのは宇多田ヒカルの「声」である。オクターブ違いのダブルのヴォーカルが非常に多く登場していて、ここの表現に歌詞世界で綴られる、ある二面性とのリンクを非常に強く感じる。

誰かを求めることは
即ち傷つくことだった
(宇多田ヒカル“One Last Kiss”より歌詞抜粋)

ヒトが生きる上で求める様々な存在は、物質としての観点から言うと必ず喪失に向かう道の中にある。ただ、“Beautiful World”、“桜流し”、そして今回の最新楽曲“One Last Kiss”ーーそのすべての楽曲で求めるのは、物質的な意味ではなく、生きる上での依代としての目に見えない愛であり、その「願い」の歌だ。失う前提でも求めてしまうものがあるということ……その二面性を、二つの表情の歌声がより浮き彫りにしている。

Oh oh oh oh oh…
忘れたくない人
Oh oh oh oh oh…
I love you more than you'll ever know
(宇多田ヒカル“One Last Kiss”より歌詞抜粋)

祈りのようにリフレインされる、<Oh>には言葉にならない想いが、<忘れたくない>には愛の記憶さえあれば生きていけるという真理が映る。先に触れた二面性の表現も含め、より音楽的なアプローチでもヒトの根源的な「願い」に迫った“One Last Kiss”は、最新作であり、完結作である『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のテーマソングにあまりにもふさわしい。

4、ただひとつ描いたヒトの「願い」

宇多田ヒカルは、3つの楽曲を通してある作品のテーマソングでありながらも、ヒトが生きていく上での「願い」という、ただひとつの根源的なものを描き続けてきた。もちろん、エヴァンゲリオンという作品自体が、ヒトの存在自体を根本から問い正すような作品であることと、元々彼女が携えてきた想いとのリンクもあったからであろうが、テーマソングであるという前提を取り払っても、あまりにもヒトの本質を描いた名曲が今作『One Last Kiss』には並んでいる。是非、最新曲“One Last Kiss”はもちろんのこと、パッケージとしてこの作品を楽しんで欲しい。

(L→R)
2021.03.10(水)リリース(配信はこちら
宇多田ヒカル EP『One Last Kiss』 / 完全生産限定LP版『One Last Kiss』
EP 品番:ESCL-5488/¥2,000 <+tax> / LP 品番:ESJL-3119/¥3,000 <+tax>

収録曲
1: One Last Kiss (映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)
2: Beautiful World (Da Capo Version) (映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソング)
3: Beautiful World -2021 Remastered- (映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』テーマソング)
4: Beautiful World (PLANiTb Acoustica Mix) -2021 Remastered- (映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』テーマソング)
5: 桜流し -2021 Remastered- (映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』テーマソング)
6: Fly Me To The Moon (In Other Words) (2007 MIX) -2021 Remastered- (映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』予告編挿入歌)
7: One Last Kiss (Instrumental)
8: Beautiful World (Da Capo Version) (Instrumental)

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