佐古忠彦(監督)『生きろ 島田叡―戦中最後の沖縄県知事』- 玉砕こそ美徳、という考えに抗い、一人でも多くの命を救おうと力を尽くした官吏の記録

人間としての揺れや苦悩を描く

──前2作では戦後の沖縄で占領軍アメリカと対峙した政治家カメジロー(瀬長亀次郎)を取り上げましたが、今作は戦時下の沖縄県知事、島田叡を取り上げてます。

佐古:前作『カメジロー不屈の生涯』の公開前には、次は島田叡で行こうと決めてました。実は2013年にテレビで島田叡を取り上げたドキュメンタリードラマを制作したことがあったんです。そこで取材した様々な貴重な証言すべてを番組に収容しきれなかったんですが、映画『カメジロー』を経験したことで、島田叡を映画にできるんじゃないかと。

──沖縄でカメジローは庶民の味方であり、不屈の闘士のような存在ですが、島田叡はそこまでではないですよね?

佐古:島田叡は内務官僚として軍と一緒に戦争を遂行する立場でもあったので、それを批判する声もあります。ただ、今回は島田叡の功罪を含めて、人間としての揺れや苦悩を描くことで、沖縄戦はもちろん現在にも問いかける多くの部分があるんじゃないかと。リーダー論というか、大きな組織の中で個としての人間が何を成しえたか、その生き様にも刮目したかった。

──戦況がどんどん悪化する中、住民を見捨てる軍に怒った島田を軍司令官の牛島が手紙でとりなす所など、「時代と国家に忠実な官吏としての島田を、人間・島田叡が飲み込んでいく」様子が描かれています。

佐古:島田はあの時代に内務官僚という国の中枢で働かなければならなかった人ですから、非常に難しい立場だったと思います。赴任当初は軍とも上手くやらないといけないし、住民のためにも働かなければいけない。ある種、二律背反の立場だったわけですが、だんだんと軍の有り様や戦争の悲惨な状況を見るにつれ、島田自身も変わっていったんじゃないかと思います。人間としての苦悩は相当深かっただろうと。住民や周りの部下には「生きろ」という言葉を残したけど、島田自身は絶望の中で死んでいった。そのギャップの大きさが悲劇でもあるんですが、そこにカメジローとはまた違った人間の姿を見ることができると思います。

証言者:大田昌秀元沖縄知事

巨大な力に抗う力、人間の尊厳を表す言葉

──多くの住民を死なせたことに地方長官として責任を感じた島田は死を決意していた。

佐古:当時17歳だった三枝さんの証言で、島田は最後まで家族のことを想っていたことが分かりました。沖縄で島田は周囲に一切家族のことを話さなかったんですが、娘と同じ歳の少年兵にだけは家族のことを話した。さらに「俺も絶対死なないから生きて頑張れ」と勇気づけるわけですよね。その思いは非常に胸にせまってくるものがあります。

──島田の「生きろ」という言葉が「巨大な力に抗う力、人間の尊厳を表す言葉」であったのだと。

佐古:よく、戦争では人間が人間でなくなると言われますが、人間が疎外されていく中、それでも懸命に生きる人間の姿があった。一体人々はどんな思いで生き抜いたのか、それを映画として描きたいと思いました。

──軍の玉砕命令に反して県庁を解散した島田は、壕を出る時にたまたま会った女性の県庁職員に「手を挙げて降伏するんだぞ。敵は女子供には攻撃しない。軍と一緒に行動するんじゃない」と言った。

佐古:その時声をかけられた山里さんは「捕虜になれだなんて、長官はなんてことを言うんだ」と怒ったそうです。彼女が島田の言葉の真意を知るまでに、戦後かなりの時間がかかったと言っています。島田の秘書官だった人は、「民主主義が行われていた」と戦後証言していますが、あの時代を生きていた人のほとんどは民主主義というものが何かはよくわかってなかったはず。それが戦後、民主主義の世の中になって、あの時島田が行っていたのは民主主義だったと気づく。なぜあの時代に島田さんがそういう考え方ができたのかはよくわからないのですが、もともと彼の中にあった個人の価値観が、沖縄戦の極限状態で発揮されたのではないかなと思います。

証言者:山里和枝さん

まだ本土は沖縄の気持ちに気づかないのか

──今作では、島田叡と心を通わせたと言われる軍人の大田實も印象に残りました。

佐古:テレビでやったドキュメンタリーもそうだったように、島田叡を取り上げる場合、当時警察部長だった荒井退造が一緒に語られることが多いんですが、今回は海軍の司令官だった大田實をクローズアップしたかった。大田が島田に代わって打った「県民に対し、後世特別のご高配を賜らんことを」の結びで有名な電文は、まさに島田の気持ちを代弁するもので、大田はあきらかに島田と共通する価値観を持っていたと思います。ご家族や部下だった人の話を聞いても、大田は戦争を賛美していなかったことがよくわかります。大田も部下に玉砕せずに脱出することを命じるんです。しかも自分が命令したんだとちゃんと電報を打っている。後にその部下は「これは生きろということで、ふつう軍人としては言えないことです」と語っています。

──学徒動員されて沖縄戦で九死に一生を得たという故・大田昌秀元沖縄県知事も今回証言者として登場していますが、沖縄県知事という存在の特異性がこの映画のもうひとつのテーマにあるように思いました。

佐古:沖縄ほど国と対峙しなければならない県は他にないですからね。島田は、県庁解散と職員の解放を宣言した後、自分だけは牛島のいる軍司令部に向かいます。県庁玉砕命令には背いたが、自らの立場の責任においてそこは組織に忠実なんですよね。大田元知事が「島田さんにもできることとできないことがあって、なぜできなかったのかを考えることが重要だ」とおっしゃってたのですが、それは本当に大事な視点だと思います。大田さんは、島田が軍と交わしたとみられる覚書、これは学徒動員の最後のダメ押しとなったと指摘がありますが、これもひとつの背景となって、少年兵として戦場に駆り出されることになった。でも、大田さんは島田を、行政官として尊敬していると言いました。それはなぜかと考えると、当時の軍と県の関係を考えながら、やはり県知事として同じ立場にあった島田叡を見ているわけですよね。大田さんは2017年に残念ながら亡くなりましたが、ご健在の時にはたくさんのお話を聞いていたので、今回の映画を作る時にもその言葉をしっかり残しておきたいと思いました。

──ぜひ、デニー知事にもこの映画の感想をお聞きしたいです。あと故・翁長前知事にも観て欲しかった。佐古さんは翁長さんに取材したことはあるんですか?

佐古:ええ、何度も取材させていただきました。県知事になった時はもちろん、仲井眞知事の選対本部長だった時などいろんな局面で。印象的だったのは、まだ国と対峙する立場でなかった頃、夜道で立ち話をしていた時に「まだ本土は沖縄の気持ちに気づかないのか」と言ったことがあって、それはすごく憶えてますね。その後、仲井眞さんと道を違えて自分が県知事になるんですが、やっぱり自民党の政治家という立場と、沖縄県の一人の政治家という立場の中で苦悩があったと思います。そしてある時期から、沖縄県民のために邁進するようになった。そこには島田叡と共通するものがあるかもしれません。

轟きの壕

美しい死などというものはない

──エンディングで小椋佳さんの歌う『生きろ』が流れるのですが、「美しい死などというものはない」という歌詞など、まさに映画のテーマを歌い上げた素晴らしい曲ですね。

佐古:本当に映画の最後にふさわしい主題歌です。小椋さんの所で最初に歌を聴いた時、映画の中で証言してくれた人達の顔が次々と目に浮かんできて、思わず涙が出てきたんです。本当に感動しましたね。「死んでしまいたいという気持ちが湧いたとしても、それは頭の中のほんの一部で、人間の身体は常に生きようとする。それが命の声なんです」と小椋さんは言っているんですが、まさに生きるという人間の本能に正直であることが歌われています。それは今のような生きることが難しい時代にあっても重要なメッセージになっている。ちょうど小椋さんがラストアルバムを作っていた時に主題歌を依頼したんですが、ラストアルバムということで死を意識した内容や、人生を振り返る曲も多かった所に、島田叡や証言者の言葉を聞いて、自分も「もう少し余生のおまけとして生きてる命を享受してみようと思うに至った」と話していました。

──あと、映画を作っている時は、まさか今のようなコロナ渦の中で公開されるとは想像もしてなかったと思います。

佐古:これはパンフレットにも書きましたが、思いもよらぬ非常時にはリーダーの決断ひとつで私たちは右往左往させられてしまう。それが間違った判断だった時にどうなってしまうのか、歴史にはたくさんの教訓が刻まれている。その教訓をわたし達は本当に今活かせているのか? まさしくこの映画で語られていることは「いま」を問いかけるものでもあります。

──映画は、3月6日に沖縄の桜坂劇場で先行公開され、3月18日にはユーロライブで開催される「TBSドキュメンタリー映画祭」の中で公開されます。TBSドキュメンタリー映画祭は今年が第1回目ですね。

佐古:TBSが手がけたドキュメンタリー映画としては『カメジロー』が最初だったんですが、実は以前から東海テレビさんが次々とドキュメンタリー映画を制作しているのを横目で見ながら、どうやったら自分達もこういうことができるんだろうと思っていました。TBSの報道局には昔からずっとドキュメンタリーを作ってきた歴史があるんです。だからこれまで『報道特集』や『ニュース23』などで取り上げたテーマにもう一度じっくり取り組むことで、何か自分達のもの作りの姿勢をもっとアピールできるんじゃないかと。今回の映画祭は、放映時のままのものもあれば、新たに編集したものもあるんですが、ラインナップを見ると、いろんな視点でたくさんの作品を作ってきたんだなと改めて思いました。テレビってどういうふうに観てもらっているのかって僕たちはよくわからないんだけど、映画の場合、お客さんがわざわざ映画館まで足を運んで、しかもお金を払って私たちの作品と向き合ってくれている姿があり、直接感想などをやりとりできる双方向性がある。映画はテレビよりも古いメディアだけど、実は新しい可能性があると感じていますね。

© 有限会社ルーフトップ