5663日間、患者の身体拘束を指示

日本の精神医療の異常さ、あらわに

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実際の拘束具を使った身体拘束のイメージ=「精神科医療の隔離・身体拘束」(長谷川利夫・杏林大教授著、日本評論社)より

 精神科病院で医師が5663日(約15年半)にわたり患者の身体拘束を指示していた―。厚生労働省が2月に発表した初の調査結果で、日本の精神医療のこんな実態が明らかになった。精神科病院では、全国で約1万人の患者が手足をベッドにくくりつけられるといった身体拘束を受けており、「安易に実施されている」と人権侵害を指摘する声が多い。エコノミークラス症候群などで死亡する例も出ているが、調査結果を受けた厚労省のコメントは当事者や家族を失望させた。(共同通信=市川亨)

 ▽平均1カ月以上、認知症も

 調査は2019年11月~20年3月に国立精神・神経医療研究センターの山之内芳雄・精神医療政策研究部長(当時)の研究班が、精神科ベッドのある全国の1625病院を対象に実施。回答したうち188病院について、19年6月時点の状況を分析した。

 医師が拘束を指示したケースで期間が「1日のみ」はわずか6・6%にとどまり、「2日以上1週間未満」が61・2%と最も多かった。「1カ月以上」も11・5%あり、「1週間以上」が計32・2%に上った。平均は36日で、最大日数は5663日だった。患者の年齢別では65歳以上が63・0%を占め、認知症患者も多く含まれるとみられる。

 別の調査では、19年6月時点で拘束を受けている患者は全国に1万875人。調査結果を当てはめると、約3500人が1週間以上の拘束を指示されていたことになる。

 精神保健福祉法は①自殺企図や自傷行為が著しく切迫している②多動又は不穏が顕著③放置すれば患者の生命に危険が及ぶ恐れがある―などの場合には、精神保健指定医の指示で患者の身体拘束を認めている。だが一方で「やむを得ない処置であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」とも定めている。

 期間に上限は設けられていないが、15年半も拘束が必要とは、どんなケースなのか。厚労省の担当者は「詳細は把握していないが、医師が毎日診察することになっているので、その都度、拘束が必要と判断したと思われる」と話す。「このケースを特定して、病院を指導するといったことは考えていない」という。

 ▽少なくとも12人が死亡

 精神科病院の身体拘束を巡っては、エコノミークラス症候群などで死亡した患者が13年以降、分かっているだけで12人いる。17年にはニュージーランド人の男性、ケリー・サベジさん=当時(27)=が双極性障害(そううつ病)で神奈川県内の病院に入院してすぐに体をベッドに固定される拘束を10日間受け、心不全で亡くなった。遺族は、体を動かせなかったことで生じた血栓が死因となった疑いを指摘。長期間の拘束が常態化している日本の精神医療の状況は、ニュージーランドで驚きを持って伝えられた。

神奈川県内の精神科病院で身体拘束された後に亡くなったニュージーランド人、ケリー・サベジさんの母親マーサさん。記者会見して拘束の非人道性を訴えた=2017年7月19日、厚生労働省

 石川県内の精神科病院では、統合失調症と診断を受け入院していた大畠一也さん=当時(40)=が約1週間、身体拘束され、エコノミークラス症候群で死亡。両親が病院側に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁金沢支部は20年12月、精神保健福祉法などが定めた基準に当てはまらず違法だったとして、慰謝料など約3500万円の支払いを病院側に命じた(病院側が上告中)。

 ▽「必要最低限の範囲」

 今回の厚労省研究班の調査結果では、途中で拘束を解いているケースが一定数見られた。厚労省の担当者は「指示したからといって、実際にその間ずっと拘束しているとは限らない」として、「必要最低限の範囲で行われているものと考えている」とコメント。「5663日が『必要最低限』と言えるか」との質問にも、同様の見解を繰り返した。調査報告書では「2分の1以上のケースは1週間未満」と、数日間の拘束を容認するかのような記述も見られる。

 こうした姿勢に、精神障害者の団体からは「狂ってる」との声が上がる。精神障害がある人の家族らでつくる「全国精神保健福祉会連合会」(みんなねっと)の小幡恭弘事務局長は「1週間はかなり長期と捉えるべきだ。5663日なんて、人格剥奪以外の何物でもない。何も有効な治療をしていないという証左だ」と憤る。「外部の目が入らないと、精神科病院の中では異常なことが正常になってしまう」と話した。

 「法の要件に当てはまらないのに、『院内のルールに違反した』という理由で拘束されている実態がある」と指摘するのは、NPO法人「地域精神保健福祉機構」(コンボ)の宇田川健代表理事。宇田川さん自身も精神疾患のある当事者で、入院中に身体拘束を何度も経験した。「私は拘束されて一晩、誰も見回りに来なかった。医師の電話1本で行われているケースもあり、かなりルーズに行われているのではないか。長期間の拘束が原因で亡くなった患者は、表面化している以外にも相当数いると思う。拘束後に死亡した件数を明らかにしてほしい」と訴える。

 ▽病院団体への配慮のぞく

 厚労省が「必要最低限」との見解を示す背景には、全国団体「日本精神科病院協会」(日精協)への配慮がのぞく。そもそも今回の調査は日精協の協力が得られず、いったん頓挫した経緯がある。厚労省幹部は「調査結果にはわれわれも問題意識を持っているが、調査の実施までには紆余(うよ)曲折があった。関係者の理解を得ながら進める必要がある」と釈明する。日精協は山崎学会長が安倍晋三前首相とゴルフをするなど、強い政治力で知られることが影響しているとみられる。

厚生労働省が入る合同庁舎(東京都千代田区)と日本精神科病院協会のビル(東京都港区)

 日精協は調査結果について「報告書を精査しているところなので、回答は差し控える」として14日現在、見解を明らかにしていない。

 精神科病院の身体拘束の実態に詳しい杏林大の長谷川利夫教授は「今回の調査は回収率が低く、ほとんどの病院が回答していない。実際には長期間の拘束指示がもっと行われている可能性がある」と分析。「海外では数時間程度にとどめるのが主流で、日本の状況は異常といえる。中断を挟んでいるケースもあるが、要件を満たさなくなったら解除するのが本来の姿だ」と話す。精神科の人員配置が一般病床に比べて少ないため、「患者の安全」を理由に「とりあえず拘束」するという構造的な問題が背景にあると指摘。そのうえで、拘束過程の録画など事後に検証できる仕組みを設けるよう求めている。