点を取り続ける大久保嘉人 感覚ではない理にかなったゴールの陥れ方

J1 FC東京―C大阪 前半、ヘディングで先制ゴールを決めるC大阪・大久保(左)=味スタ

 スポーツを少しでもかじったことのある人なら、一度はこんな思いを抱いたことがあるのではないだろうか。「今の整理された知識を持って、あの頃のように体が動いたら」と。肉体は確実に衰える。しかし、経験が積み重なった知識は、年月を経て豊富になっていく。それはスポーツ好きの素人であっても同じだ。ただ素人は、昔のように走れると勘違いしているのでボールに追いつけない。場合によっては肉離れやアキレス腱断裂なんてひどいケガを負う。

 実戦で最適を選択できる知識と、肉体の運動機能。トップアスリートの場合、それがともに高いレベルで一致する時期を過ごす割合はどのぐらいなのだろう。おそらくそれは限られた一握りの選手だけではないのだろうか。体力がピークの若い時期に、知識も同時に持ち合わせる選手は、ほとんどがスーパースターと呼ばれる選手として後世に名を残すのだろう。それはペレであり、クライフ、マラドーナ、メッシやロナルドということになる。

 3月6日、味の素スタジアムに足を運んだ。スギ花粉は厄介だが、生で見るサッカーはいい。お目当ては、もちろん大久保嘉人だった。昨季はJ2の東京ヴェルディで無得点に終わった男が、15シーズンぶりにプロ生活を始めた古巣のセレッソ大阪に復帰。開幕から2試合で3得点と荒稼ぎ。何が変わったかを自分の目で確かめたかった。

 現在38歳。日本的感覚の場合、年齢を考慮すると将来を見据えて若手にチャンスを与えるケースが多い。だからベテランは使いにくい。ただ、大久保にとって幸運だったのは監督が復帰したレビー・クルピだったことだ。外国籍の監督は、あまり年齢を気にしない。現時点でのベストをピッチに送り出す傾向がある。そして3試合連続の先発だ。もちろん大久保も万全の準備を整えてシーズンに臨んだ。このオフは、これまでにない苦しいトレーニングをこなしてきたという。苦しい準備。それは、やったからといって必ずしも実を結ぶとは限らない。ただ結果を求めるには、逆に苦しさを乗り越えることは不可欠だということもいえる。

 期待して訪れたJ1第2節のFC東京戦。お目当ての瞬間は、前半14分にやってきた。右サイドで豊川雄太の後ろに戻したボールは、ずれた。しかし、坂元達裕がこれをフォローし、体の向きが前線にパスを出せる体勢になると同時に、大久保は動いた。FC東京のDF中村帆高の背後から前方に飛び出すと、ダイビングヘッドで先制点を奪ったのだ。点を取るための理にかなった動きだ。坂元は左利き。右サイドから斜め方向にパスを出せば、インスイングでのキックとなるのでGKに向かう球筋になる。DFは当然だが、パスの出どころを目視する。その背後に立って一度姿を消し、タイミングを合わせてDFの前に飛び出せば、DFより一歩先んじることができる。加えて一歩前に出るということはDFの戻るコースを背中でブロックすることになる。もしDFがペナルティーエリア内で相手の背中を押して倒せばPKだ。

 「タツ(坂元)が持って中に切り返したときに自分はファーにいたんですけど、蹴る前にDFの前に入って、GKの間で合わせようと思った。そしたら本当に良いボールが来て。あそこでボールを頭にしっかり当てると外すと思ったので、ちょっとだけ触って、ゴールに吸い込まれたらいいなと。その通りになってよかった」

 GKの鼻先で頭に薄く当てて、少しだけコースを変えて挙げた今季の4点目。その動きの前段階を見ていると、DFを欺くための巧妙なわなが仕掛けられている。DFの周囲を気配を消して浮遊し続ける。その中で一発狙いの機会をうかがっている。これが「俺、狙っています」というような極端な動きを見せれば、DFも集中する。だから緩い気を発し、自分を見せたり隠れたりのまき餌は不可欠だ。DFからすれば、90分のうちのどこが大久保の勝負どころかが見えてこないのだ。

 6日現在、J1通算で歴代記録更新の189ゴール。開幕前は通算200ゴールは難しいのかなと思っていたが、がぜん現実味を帯びてきた。素晴らしき「点取り屋」だ。日本では「点取り屋は感覚的なもので、教えられるものではない」という誤った常識がまかり通っている。しかし、大久保を見ていると、計画的に教えて育てられるように思えてくるのだ。

 週中の3月3日に行われた川崎フロンターレ戦での開始5分の先制点を見ただろうか。ペナルティーエリア右外からゴール左上にたたき込んだ大久保の弾丸シュートは、対角線上を飛んだので30メートル近くあっただろう。あの距離のシュートを練習で決められる選手はいるはずだ。ただ本番の試合で、あの瞬間にシュートの選択肢を持っている日本選手が何人いるだろうか。おそらく皆無だろう。その中で大久保は、シュートを狙う決断力と、決め切る技術を備えている。練習から意識してチャレンジしているからこそ自信を持っている。そして点を取り続けているのだ。

 川崎時代、大久保と絶妙のコンビを組んでいた中村憲剛は、かつて、こう語っていた。「この頃サッカーがよく分かってきた。35歳を過ぎると、サッカーがもっと面白くなる」。体も頭も切れまくっている現在の大久保嘉人。ピッチで躍動するその姿は、サッカーが楽しくてしょうがないように見える。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社