中森明菜のハードロックアルバム「Stock」前衛と官能の挟み撃ち! 1988年 3月3日 中森明菜のアルバム「Stock」がリリースされた日

文句なしの傑作! 中森明菜「Stock」息もつかせぬスピード感と官能性

宇崎竜童&阿木燿子チームになってからのロックンロール・モードの山口百恵にもっとも接近したのがこの『Stock』かもしれない。過去3年ほどのシングル候補曲のうちハードロック色が強くてボツになった曲を集めたアルバムなのだが、結果的に不思議と統一性が生まれ、息もつかせぬスピード感と官能性をたたえた文句なしの傑作となった。キャッチコピーの「AKINA “IN THE GROOVE”」は伊達じゃない。

音楽批評家・藤田正は「“性の後(五)感” を知った女の、新たな愛の探求への旅立ち……『Stock』は淫らで卑俗的である」と評し、全身批評家・平岡正明も「この盤は百恵の歌わなかった性愛の快楽のただなかを、ハード・ドライビングに歌い切った」と評してもいるから、かつての「少女A」は「熟女B」(五月みどり)にまで女として成熟したのかもしれない(違うか?)。しかし、明菜の官能表現の上達に加えて、本作はクレジットされている裏方にも注目すべき前衛的人物が多い。

一体何者? ドイツ人レコーディングエンジニア、マイケル・ツィマリング

以前『プロデューサー中森明菜の慧眼際立つ!最大の問題作「不思議」を再評価』で取り上げた中森明菜最大の問題作『不思議』は、日本のフィードバック・ノイズ・デュオO’Nancy in FrenchのCDリマスタリングをやった石崎信郎氏が裏方で参加していて一部マニア歓喜(?)だったが、本作『Stock』もマイケル・ツィマリングという、知る人ぞ知るドイツ人レコーディング・エンジニアがミックスを担当していて興味深い。が、この人物、一体何者?

四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第41回の注釈には以下のようにある。

「80年代半ば以降、日本のバンドサウンドが一気に欧米的な質感に変わったのは、ツィマリングの仕事によるところが大きい。BOØWYのベルリンレコーディングの後、佐久間正英と小野誠彦が共同で設立したv.f.v. studioに所属。国内で手がけた仕事は、ジュディー・アンド・マリー、ストリート・スライダーズ、ブランキー・ジェット・シティ、エレファントカシマシ、GLAYなど」

なるほど、明菜のロックアルバムはBOØWYの台頭という同時代性から聴かれるべき、以降のロックサウンドを決定づける先進的音質を備えたものだったのかもしれない。

このツィマリング氏は数多の名作を生み出したドイツの伝説、ハンザ・スタジオでエンジニア助手としてそのキャリアをスタートさせていて、デヴィッド・ボウイの歴史的傑作のベルリン三部作にも立ち会っていたから時代の最先端の空気を吸っていたことは間違いない。

北島健二とツィマリングが構築した明菜式ハードロックの全体像

さらにツィマリングは、ノイズ・インダストリアルの雄アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの傑作『半分人間(Halber Mensch)』(1985年)にも関わっていて、収録曲「Seele Brennt」の録音・ミックスをやっていたり、パンクの母ニナ・ハーゲンによる『ニナ・ハーゲン・バンド』(1978年)にもテクニシャンとして名を連ねていたりと、かなり凶悪な前衛ミュージシャンとも仕事しているから、『不思議』以降セルフプロデュースの鬼と化した明菜を迎え撃つにふさわしい人物だとも知れる。

また「夢のふち」「CRYSTAL HEAVE」を除いた全楽曲に、ロックバンドFence of Defenceの北島健二がアディショナル・アレンジメントで参加している。となると、どうやら『Stock』の明菜式ハードロックの全体像は、この北島氏とツィマリング氏の二人によって構築されたものらしい。

一番人気「FIRE STARTER」作曲は久保田麻琴

そして核弾頭的ショックを与える情報を追加爆撃しよう。ファン投票の結果、本作で一番人気の曲と判明した「FIRE STARTER」であるが、これを作曲したのは久保田麻琴なのだ。何を隠そう、世界最凶のフィードバック・ノイズをまき散らした伝説のアンダーグラウンド・バンド、裸のラリーズのベーシストである! 割とまっとうに聞こえるこの曲が『不思議』に収録される案もあったというが、あの常軌を逸した音迷宮にぶちこまれたら一体どんな変容・歪曲を蒙ったか夢想すると愉しい。

といった具合に、明菜をロックのオルタナティヴな人脈へ結び付けてチラチラ見え隠れする前衛性を探ってみたが、こうしたデータだけでは語り切れない官能的エモーションが本作には滲み出ているのは冒頭述べた通り。ジャケット写真の明菜がややモザイク加工されているのも、そうしたアダルトな魅力を表すものなのかもしれない。

北京語、台湾語、広東語でもカバーされた中森明菜

最後に予告めいたことを一つ。明菜の中国版wikipediaを覗いていたら、北京語・台湾語・広東語などで歌われた明菜のカバー曲が大量にリストアップされていて、陳潔靈(エリザ・チャン)という女性歌手が本作収録曲である「まだ充分じゃない」と「NIGHTMARE 悪夢」をカバーしていることが判明した(それぞれタイトルは「失戀一週年」、「翅膀下的風」)。

というわけで次回コラムでは、マッチと不倫関係にあった香港のポップスター梅艷芳(アニタ・ムイ)による明菜のカバーソングなど含め、「東アジアの中森明菜受容」をテーマに書こうかな。

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カタリベ: 後藤護

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