優先接種の対象になっても、拭えないやるせなさ コロナワクチン なぜ訪問ヘルパーは後回しなのか?

 

新型コロナワクチンの優先接種を受ける都内の医師=3月5日

 新型コロナウイルスのワクチンの優先接種が医療関係者から始まった。対象は約470万人。次に約3600万人の高齢者、その後基礎疾患のある人と、特別養護老人ホームなど施設で介護する職員が続く。この優先順位に当初、入っていなかったのが、自宅で過ごす高齢者の生活を支えるヘルパーやデイサービスで働く計90万人の「在宅系」の職員だ。 業界団体から強い批判を受け、国は3月3日になって条件付きで、訪問介護やデイサービスの職員も優先接種の対象に加えた。しかし後付けの方針転換に現場には「自分たちの仕事は、評価されていないのか」というやるせなさが残る。(共同通信社=山岡文子)

 ▽全身を防護

 昨年12月、千葉勤労者福祉会(千葉市)の訪問介護事業所「ヘルパーステーションなのはな」に、ケアマネジャーから電話が入った。「明日、行ってもらえないか」。告げられたのは、脳梗塞の後遺症によるまひと、持病がある高齢男性の家。介護していた妻がコロナの陽性と分かり、入院した直後だった。

 男性は濃厚接触者に当たるため、PCR検査を受けたが結果は出ていなかった。ケアマネジャーによると、別の事業所に訪問を依頼したが、断られたという。

 翌日の午前9時半、小松幸子所長は男性宅を訪れた。

 インターホンを押す前にガウン、キャップ、ゴーグル、マスク、手袋を身につけた。消毒用アルコールはポケットに、自分のバッグはポリ袋に入れた。

濃厚接触者の男性を訪問した際の感染症対策を再現した「ヘルパーステーションなのはな」の小松幸子所長=2月24日

 「この姿を近所の人に見られると『あの家でコロナ患者が出た』とうわさされ、誹謗や中傷の的になることがあるんです」と小松さん。家の前は、周囲から見えない場所だったため、男性に会う前に全て身につけられた。訪問先によっては、玄関で身支度をすることもある。

 ▽老老介護

 ドアを開けた男性は、1人で歩くのがやっと。小松さんは、男性と正面から向き合わないよう背中や脇を支え、椅子に座らせた。

 まず窓を2カ所開けて換気。暖房のスイッチを入れ、寒がる男性にジャンパーを着せた。

 朝食は、前日の夕方配達されたお弁当だ。台所や冷蔵庫に傷んだ食べ物が残っていた。妻は、体調が悪くてもすぐに入院できなかったという。「2人とも十分な食事ができなかったのでは」と想像した。男性の薬は5、6種類あり、服薬管理も1人では難しそうだ。「これほど日常生活に困っても、外からは見えにくいものなんです」と小松さんは指摘する。

 昼と夕方も訪問した。保健所から連絡を受けて駆け付けた夫婦の娘と、夕方に会えた。アルコールの使い方を教え、予備のフェースシールドや手袋を渡した。

 男性は間もなく陽性と分かり、すぐに入院。訪問介護は1日で終わったが、小松さんは職場や同じ建物内の他のスタッフと接触を避けなければならず、緊張が続いた。

 同福祉会の門脇めぐみ介護部長は「優先接種枠に入ったとはいえ、さまざまな条件が付いており現場に対応しているとは思えない」と話す。1人暮らしや老老介護が増える日本で、ヘルパーの存在は不可欠。「介護職員は、みんな『うつしたくない』『うつされたくない』と思いながら仕事をします。介護は高齢者との密着を避けられません。感染のリスクは施設も在宅も同じなのに、国はそれを理解しているのでしょうか」と門脇部長の表情が曇る。

 ▽枠に入っても

 新たに追加された訪問介護や通所介護の職員が優先的にワクチンを受けるための条件は、他の職種にはない制約がある。例えば①優先枠の対象とするかどうかを、まず市町村が判断しなければならず②事業所は、市町村に対し「感染者や濃厚接触者にもサービスをする」という意思を表明③感染者や濃厚接触者にサービスをするという意思を示した職員に事業所が接種に必要な「証明書」を発行する―などだ。門脇部長は「感染者を介護するという約束と引き換えに、接種するというのでしょうか」。

 訪問介護事業所やデイサービスを運営する認定NPO法人「暮らしネット・えん」(埼玉県新座市)の小島美里代表理事も「この方法では訪問介護も、デイサービスの職員も、利用者も守れない」と懸念する。

認定NPO法人「暮らしネット・えん」の小島美里代表理事(本人提供)

 「在宅の場合、施設に入所する人と違って、誰もが体調管理をできるわけではありません」と小島さん。「感染後に体調が悪化しても、周囲に伝えられない認知症の利用者や、家族に濃厚接触者がいる利用者を介護する可能性は常にあるんです」と不安を隠せない。

 介護現場のストレスも忘れられがちだ。約8万人が加盟する組合、日本介護クラフトユニオン(NCCU)が昨年11月、現場で困っていることを尋ねるアンケートを行ったところ、回答者の約25%が職員のメンタルヘルスを挙げた。訪問介護に従事する人からは「家族が本人に会わせたがらない」「利用者が濃厚接触だと後から分かるのがこわい」といったサービスの質の低下や、感染リスクなどに関する不安が寄せられた。

 NCCUが10日現在、把握している陽性の組合員は428人。このうち4割近くが訪問介護やデイサービスで働く人だ。村上久美子副会長は「施設のクラスター対策が優先されるため、どうしても在宅系への感染症対策が後回しになる実情を反映している」と頭を抱える。

 ▽分配の方法

 「ワクチンの量に限りがあり、輸入の見通しが立ちにくい中で、優先順位を付けざるを得ないのだろうが、優先順位を施設と在宅系で区別するやり方は、効果的ではない」と淑徳大学社会福祉学科の結城康博教授は考える。

 

淑徳大学社会福祉学科の結城康博教授(本人提供)

 同教授は介護従事者の実態を探るため今年2月、緊急アンケートを実施。このうち「利用者や、その家族、同僚に陽性者が出た」と答えた在宅系の職員は施設で働く職員の2倍に上った。

 感染者が比較的多い地域からの回答が多いため、傾向に偏りはあるとしつつ、結城教授は「施設だけでなく、在宅系のリスクが高いことは明らか」と分析する。

 結城教授は「例えば陽性者が多く報告される地域の介護職員を優先的に接種できないか」と話す。「リスクの高い人に少しでも早くワクチンを接種するために本当に必要な手だてを、国は考えるべきです」

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