米国は、ジョー・バイデン氏の大統領就任で新しい時代を迎えた。ところが選挙戦で敗れたトランプ前大統領は、共和党内のほか、同氏を救世主とあがめ、ディープステート(闇の政府)が世界を操っているなどの陰謀論を唱える「Qアノン」と呼ばれる信奉者たちに強い影響力を保ち続けている。Qアノン支持を公言する下院議員も誕生した。米で何が起きているのか。慶応大の渡辺靖教授(米国研究)に話を聞いた。(共同通信=松本鉄兵)
▽陰謀論者が政治の中枢へ
―昨年の大統領選と同時に行われた米連邦下院選では、Qアノンの信奉者を公言したマージョリー・グリーン氏ら2人が初当選した。どう見ているか。
「陰謀論的な考えに共鳴する人が勢いを増して政治的な力になりつつある。実際に2人が下院議員にまで上り詰めた。これまであり得なかったことで、現象としてはかなり注目している」
―グリーン氏らはどんな人物なのか。
「政治経験はなく、既存政治に不満を強めている点が共通している。単に民主党やリベラルに対して抵抗や反対しているのではない。共和党内にもいる従来の政治家や、政治システムにあらがっている。そして『ディープステート』(闇の政府)に闘っているのがトランプ氏だと英雄視している」
―なぜ陰謀論を肯定するような人物が当選してしまうのか。
「自分たちがこれほど頑張っているのに報われない、その理由は裏で操っている悪いやつらがいるからだという発想がある。トランプ氏が掲げていた『われわれ対やつら』という発想とそう遠くない」
―トランプ氏が、陰謀論者を育てたのではないか。
「トランプ氏自身、エスタブリッシュメント(既存の支配層)や政治エリートに対する敵意をむき出しにしてきた。アメリカ国民は、より大きな分け前にあずかっていいはずなのに、ワシントンの政治家たち、あるいはそれを取り巻くロビイスト、主要メディア、シンクタンクが結託して、ディープステートを形成していると主張。そこを打ち破れるのは自分だと掲げ、大統領になった」
「程度の差こそあれ、被害者意識、犠牲者意識を共有しているQアノンや陰謀論者は、トランプ氏にとっても自分の支持基盤として大切にしていかなければいけなかった。そのため陰謀論者を、明確に否定することはなかった」
「否定しなかったために、陰謀論という考え方に半ばお墨付きを与えることになった。そして、陰謀論的な言説に訴える政治家に箔(はく)を付け、勢いを与える結果になった」
▽陰謀集団「Qアノン」の登場
―Qアノンは、インターネット上で生まれたと、指摘されている。
「2017年に謎の人物『Q』が始めたネット掲示板への投稿で賛同者が集まり、知られるようになった。ネット上での活動が基本だ。SNSを通じて、さまざまな陰謀論が出回り、いろいろな形で反応し合って、共感するネットワークが幾重にも広がっていった。それが実際の政治行動という形で表面化するようになった」
―陰謀論がこれ以上広がると、米社会はどうなるだろうか。
「陰謀論的に物事を見ると、社会を成り立たせているシステムや不文律まですべて、誰かの陰謀に映ってしまう。米の民主主義を支えてきた基本的な制度に対する信頼や不文律、規範が壊れた時、民主主義のたがが外れてしまうのではないかと強く危惧している」
―1月6日には連邦議会議事堂にトランプ氏の支持者が乱入した。予測していたか。
「Qアノンが生まれるような社会不安がかなりまん延している感覚は抱いていた。社会システムの最も根源的な価値にすら不信感を持っている人たちの声が先鋭化し、暴力的な形で現れる可能性は常にあるのだろう。議会襲撃そのものは予測できなかったが、起きてもおかしくはないと感じていた。トランプ時代の最も良くない部分が最悪の形で出てしまった」
―フェイスブックやツイッターはQアノンのアカウントを凍結した。
「(アカウント凍結などの措置が)逆に自分たちが信じていることの正しさを確証させることにつながっている面があるのではないか。『闇の支配者たちが弾圧しに来た、これこそがまさに自分たちの正しさを証明している』と」
▽米国政治の分断
―メディアも左右にはっきり分かれている。
「CNNとFOXニュースでは、まるで、異なるアメリカが伝えられている。互いに交わらないパラレルワールドの世界、『二つのアメリカ』が左右それぞれのメディアから流布されている」
「トランプ氏は、自分に逆らう者には『国民の敵だ』とか『フェイクニュース』と決め付け、対立をあおる形で統治してきた」
―反エリート主義ということでは、民主党の急進左派についても言えるのでは。
「バーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏は、『民主党のエリートのように新自由主義的なグローバリズムに寄り添い、ウォール街から大きな献金を受けて、政治権力を握っていくアプローチでは、犠牲になるのはアメリカ市民だ』と主張し支持を広げてきた。トランプ氏とは正反対の立場からではあるが、現状を憂えて政治エリートを攻撃している。一見、水と油のようでいて、かなり共通するメンタリティもあると思う」
▽なお強いトランプ氏
―共和党内は現在、トランプ派と脱トランプ派で割れている。
「昨年の選挙で最も印象的だったのは、バイデン氏勝利そのものよりも、トランプ氏が予想以上に強かったこと。7400万票を集め、得票率は2016年よりも1ポイント近く上がっている。選挙で敗れたとはいえ、党内で影響力を行使し続けるのだろう」
「反トランプ派は党内に一定数はいる。仮にトランプ氏が今後、起訴されるようなことがあれば反トランプ派の勢いは増すかもしれない。しかしそうした事態がなければ、共和党内で怖い存在であり続けることは間違いないだろう」
―なぜか。
「仮にトランプ氏が第三政党を作り、彼の支持者がそちらに流れていくことになれば共和党は民主党に対して圧倒的に劣勢になる。共和党からすると、そうした事態は絶対に避けなければならないというのが選挙のリアリズムだ。トランプ氏を批判すると、トランプ派からのしっぺ返しがくる状況は変わっていない」
―トランプ氏の岩盤支持層はそれまで選挙に行かなかった人を掘り起こしたのでは。
「海外に工場を移し、移民にも甘かった共和党のエリートはもはや信じられないと考え、投票にも行かなかった人が多くいた。その人たちに、トランプ氏が『君たちは何も間違っていない』と言って、白人労働者層の票などをガッとつかんだ。ここが、トランプ現象の新しいところだ」
▽陰謀論は日本でも…
―日本にもトランプ氏に共鳴する人々がいる。
「日本でも『Jアノン』と言うのか、トランプ氏は選挙で勝ったと訴える支持者が一定数はいるようだ。ヨーロッパにもいる。陰謀論が広がる状況はアメリカだけの現象ではない」
「『上級国民』という言葉が使われるようになった。社会がうまくいかないことの因果関係や批判の対象を分かりやすい誰かに定める風土は以前よりあるのではないか。しかし政治的にどこまで広がるかは米国とは切り離して考える必要がある。日本は米国ほど社会格差が先鋭化していないし、失業率や社会保障の状況もアメリカほど悪くない」
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渡辺 靖 (わたなべ・やすし) 1967年札幌市生まれ。上智大卒。米ハーバード大で博士号。同大国際問題研究所などを経て慶応大教授に。専門は米国研究、文化政策論。2004年の著書「アフター・アメリカ」でサントリー学芸賞。近著に「白人ナショナリズム」。